おれも呆きれた。そんでも此んでも聞いてもらあなけれやあなんねえんだ」
「又兼が噺か、その噺ならしねえでもれえてえ」
「それだからおれが聞いてくろうつていふんだよ。おすがの腹がえかくなつて今落ち相になつて歸つて來たんだが、どうも此までとは違つてこんだあ捨てゝ置けねえこつたから向の親類でも困つてんだ。おすがも五六日こつち小便も近くなつたといふんだから今夜にもあぶねえんだ。それがうちへ寄せられねゝえんだから今出來る子供の産す場所がねえ譯なんだ。此所のところはまあどうしたもんだな」
「どうするつておら駄目だよ」
「まあようく考《かんげ》えて見てくんねえか、自分の息子が人の大事の娘を引張り出して隨分世間へも外聞を曝して揚句の果が孕ませてそれでこつちゞや嫁に貰ふことも出來ねえが、趣意もつけられねえ腹の子供がどうなつてもえゝつて云ふんぢや向の身に成つても隨分酷かんべと思ふんだな」
「趣意なんざあ文久錢一文でもおら出せねえよ。向で欲しけりやおら兼の野郎呉れつちやつて構あねえ。おら相續人なんざあ外から養子したつてえゝと思つてんだ。おら旦那にいはれたつて聽かねえから駄目だ。旦那に怒られて村に居られなくなりや居らねえたつて構はねえんだから」
「酷くわからねえんだな」
遉の四つ又も逐にはむつとしてかういつた。卵屋はもう目の玉まで火のやうに赤く成つて居る。
「そりやおれ惡るかんべえ。惡くつたておらさうかたあ云はねんだから、どうぞおれげは其の噺はしねえでくろ」
といひながら火鉢の向へごろりと轉がつて何とも返辭をしない。胸には激しい動悸が打つて居る。豆ランプの薄闇い光が其燃えるやうな顏をてらして居る。四つ又は手持不沙汰にして居たがやがて裏戸口から小便に出る。雪はいつの間にか地上一杯に白くなつて外は薄明くなつて居る。厩の側には落葉が堆く積んであつて其上にも雪がさら/\と微かな音をさせて白く積りつゝある。馬は人の近づいたのを見てがさ/\と敷き込んである落葉を踏みつけながらフヽフヽと懷しげに鼻を鳴らして馬塞《ませ》棒から首を出して吊つてある飼料《かひば》桶を鼻づらでがた/\と動かして居る。お袋は四つ又の後から出て
「どうぞ惡く思はねえでおくんなせえ。本當にいつでもあゝだから困んだよ」
「思はねえにもなんにも、ありや癖だから」
「そんぢやえゝがなあ」
といつてお袋は少し躊躇して
「さうとあの兼は煩
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