すつかり其圖に當つた。おすがのもとへは兼次もいつか入りこんだ。さうして松山から買つた畑を讓つてもらつて自分の喰ふだけの働きをすることにまでなつた。赤子は笑ふやうになつた。只さへ少し愚圖なお袋は、もう可愛くて迚ても手放すことが出來なくなつて、二人が仕事に畑へ出れば自分は子守をして居る。赤子が泣けば畑へ抱いて行つて乳を飮せる。おすがの兄貴も忙しい仕事の時には兼次を連れて來て働かせるといふやうに成つた。雙方の間は理窟なしに睦ましいのである。斯くして時日は經過した。然し時としては村で口の惡いものは
「兄貴も餘まり構はねえから仕やうがねえ。どうも兼次をあすこへ入れて置くといふのは卵屋の顏を踏みつぶすやうなものだ。あれぢや仲人が幾ら立つても噺の屆かねえな無理もねえ筈だ」
 と噂さをすることはある。旦那のお内儀さんも或時四つ又に向つて
「あの兼次が一件だがね。お前方の指圖で松山のうちへ入れたんだ相だがどうもあれが卵屋では心外に思つてるらしいんだがね。此はお前方にも不似合な計らひだと思ふやうだがまあ一體どうした譯なんだね」
「どうもさういはれるとわし等は誠に惡い者に成る譯なんですが、あの時は全く今夜にもあぶねえといふ腹なんですから始末に困つて一先づまあさうしたんです。卵屋は兼次がことは全くの處呑んででもしまひてえ程可愛いんですがわし等がいふことを聽くとおすが等が方に負けたことになるといふ意地づくなんですから仕やうがねえんです。意地づくでは死んでも負けられねえといふんですからね。それ程可愛い息子のことなら諦めがつき相なものですが息子は可愛いし先は憎いしで理窟をいはれゝばごろつと寢てしまあんですからわしも手古摺つたんですよ。初めは兵隊が濟めば嫁を世話しても苦情はねえことに念はついたんでしたが今ぢや餘ンまりこゞらけたんで云ひ出すことも出來ねえんです」
 四つ又は頭を掻きながらかういふのである。此も無理のない理窟だ。おすがのお袋の料簡を聞いて見ると此は單純なものだ。
「四つ又へ頼んでおくんですから何とかして呉れんでせうが本當に困つたもんでさどうも」
 こんなことに過ぎない。
「赤んぼはそれでも丈夫かい」
 といふと
「へえ兼によく似てまさ」
 平氣でいつて居る。おすがの親爺に此ことを話すと
「世間は角《かど》を立てゝはうまく行きませんよどうも。お互に丸く行くことでなくちや困りますよ」
 こ
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