高波は、やがて扉の外に立てる私の胸の高波となつて揺らぐ。内殿に溢れたる光明はやがて私の小ひさな胸底の暗を照らして、さゝやかなる光明の世界を私の心奥に形作る。
勇敢な人々が街頭に立ちて争闘を宣言してゐる時、私は何といふ意気地なしであらう。私は驚異につゝまれたる殿堂の扉の前を離れることはできない。
私が眼をつむつて扉によりかゝる時、潮のやうに打ち寄せて来る内殿の驚異は、私の全身の血といふ血を同じ驚異のちからに波打たせる。私は沈黙しつゝ、瞑想しつゝ、そして静かに内殿の神秘の楽の音に聴く。
勇敢なる人々は、人と人との争闘にかれ等の生命をかけて戦つてゐる。生の争闘を争闘せる人々の剣戟の音を聴きつゝ、私は遥かなる森の廃寺の前に立つて、老木の梢に梟の声を聴き、またはかげらふ正午《まひる》の陽光《ひかり》を浴びつゝ怠惰な安易を貪つてゐるのではないだらうか。私は怠惰者の沈黙を守つてゐてはならぬ。私は剣を執ることを知つてゐる。街に出て闘ふことを知つてゐる。私たちの生活そのものが争闘なしには一日も、一瞬も存在しないことを知つてゐる。
しかしながら静寂なる森のなかの沈黙! 沈眠せるが如き廃寺の前の瞑想
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