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扉の前に立ちて瞑黙してゐた私は、たび/\怯惰なる偸安者と想はれることもあつた。また私自身ともすれば争闘の気力なき自分を顧みてあはれに思ふこともある。しかし私は夢を夢みてゐるのではない。自然の殿堂の扉に立つ時私はたゞかすかなる内殿の光りと、楽音を感ずるだけであるが、私はそれだけでも充分である。私が二年立つてゐようと、或ひは十年立つてゐようとも、その扉は永遠に鎖されてゐるかも知れぬ。人間はしかく運命づけられてゐる。しかしながら私はそのかすかなる光りのなかに、内殿のなかをこむる光明の本質と同じいのちのあらはれが流れてゐることを感ずる。縷のやうな繊音のなかに、永遠のいのちから流れて来るちからの漂ふてゐることを感ずる。私たちは天空の星にまで翔ることはできぬ。しかしながら少かに吾々の世界に投げかけられた天空の星光を分析して、星そのものゝ本質を知ることができる。私たちは一滴の雫は万滴の湖水に通ひ、一条の入江は万項の海原に連なつてゐることを知つてゐる。
鎖されたる扉の前に立ちて、私の胸は内殿から流れ来るいさゝかなる楽の余韻につれてうごめく。霊しき殿堂のなかに鎖されたる神秘の力、うごめくいのちの
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