は、僕なのです。みんな僕のたくらみにかかって死んだのです。あの人たちの命を救うためには、自分の血を一滴ずつ何千回流そうとかまわなかったのですが、まったくのところ、全人類を犠牲にすることはできなかったのですよ、お父さん。」
 父に私のこういうことばから結論して、私の考えに狂いが来ていると見、さっそく話の題目を変え、私の考え方の筋みちを変えようと努力した。父は、アイルランドで起った場面を憶い出さないようにできるだけ抹消しようとし、そのことにはいっさい触れず、私にも私の不運のことについては何も語らなかった。
 時が経つにつれて私もすこし平静になり、みじめさは心から去らなかったが、もはや前のように、あともさきもなく自分の罪のことを口走るようなことがなく、自分の気もちだけで抑えておくようになった。ときには、不幸のあまりに、全世界にぶちまけようとする威丈高になった声を、自分でみずから、叩き伏せるようにして抑えた。そこで、例の氷海に出かけてからというものは、以前に比べて、私の態度はずっと穏かになり、おちついてきた。
 パリをあとにしてスイスへ向う数日前に、エリザベートからのつぎのような手紙を私は受け取った、――
「ヴィクトルさま――伯父さまがパリでお出しになった手紙を受け取りまして、とても嬉しうございました。あなたはもう、おそろしく遠い所にはいらっしゃらないで二週間もたたないうちにお目にかかれるわけなのね。おきのどくに、ずいぶんお苦しみになったでしょう! ジュネーヴをお立ちになった時よりおぐあいがわるいのじゃないかとおもいます。どうなったかとおもって心配で心配で、そのためにこの冬はとてもみじめな思いをして暮らしました。でも、お顔の色に平和を見、お心に慰藉や平静が欠けているわけでないことを知るのを私は望んでいます。
「でも、一年前にあなたをあれほどみじめにしたと同じようなお気もちが今もまだあり、ひょっとしたら時間が経ったためにそれがもっと強くさえなったのではないかと、私は心配しています。いろいろな不運があなたにのしかかっているこの時に、お心を乱したくはありませんが、伯父さまと出発の前にした相談について、お会いする前に少しばかり説明しておく必要がありますの。
「説明だって! と、たぶん、おっしゃるでしょう、エリザベートが説明するようなどんなことがあるのか、と。ほんとうにそうおっしゃるのでしたら、私の質問は答えられたことになり、私の疑いはみな解けたことになります。しかし、あなたは私と離れた所におり、この説明を恐れはするけれどもお喜びになるかもしれません。ひょっとしたらそれが事実かもしれませんので、お畄守のあいだにたびたび申しあげたいとおもい、そうするだけの勇気がなかったことを、もう先に延ばしたりしないで、おもいきって手紙で申しあげることにしました。
「よくごぞんじでしょう、ヴィクトル、私たちがいっしょになることは、子どものころからずっと、あなたの御両親のお望みの計画でした。二人はずっと前からそのことを聞かされ、たしかにそうなることとして期待するように教えられました。二人は子どものころには仲のよい遊び友だちだったし、大きくなるにつれて、おたがいにたいせつな友人になったと私は思います。しかし、兄と妹なら、もっと深い結びつきを欲せずに、たがいにいきいきとした愛情を抱くでしょうが、私たちのばあいもそういうものではないのでしょうか。ねえヴィクトル、おっしゃってください。おたがいの幸福のために、お願いですからほんとうのことを答えてください。――あなたはほかの方を愛していらっしゃるのではありませんか。
「あなたは旅をなさっていました。インゴルシュタットで生涯のうちの何年かをお過ごしになりました。白状いたしますが、昨年の秋、あなたがあんなに不幸で、あらゆる人との交りを避けて孤独になさるのを見て、あなたが私たちの結びつきを悔み、気に合わないながらも親にちの望みに添う義理があると思いこんでいらっしゃる、と考えずにはいられませんでした。しかし、これは誤った推理でした。私があなたを愛していること、私の未来の夢のなかではあなたがいつも変らぬ友であり伴侶であったことを、私は告白します。しかし、あなた自身の自由な選択で決めたものでないかぎりは、私たちの結婚は永久に私をみじめな者にすると申しあげるほうが、私自身はもとより、私の願うあなたの幸福になるのです。残酷きわまる不運にひしがれたあなたが、体面[#「体面」に傍点]ということばのために、あの愛と幸福のあらゆる望みを殺しておしまいになるかとおもうと、今でさえ泣けてきます。この望みだけが、あなたを昔のあなたにかえしてくれるというのに。あなたに対してこれほど私心のない愛情をもっている私でも、あなたの望みを邪魔するものになって、あなたの不幸を十倍も増しているかもしれませんね。ああ! ヴィクトル、あなたの従妹、遊び友だちが、あなたに対して誠意のある愛情をもっているかぎり、こういう仮定のためにみじめな思いをなさらなくてもよいことはたしかです。幸福になってください。このただ一つの要求に従ってくださるなら、地上の何ものも私の平静を妨げる力をもたないことに満足していらしてください。
「この手紙があなたを苦しめたりするようなことがございませんように。もしも、そうするのが苦痛でしたら、明日も、明後日も、お帰りになるまでも、御返事をお書きにならなくてさしつかえありません。伯父さまがあなたの御健康のことを知らしてくださるでしょう。お会いしたとき、私のいろいろな努力によってあなたの唇にただの一度でも微笑が浮ぶのを見たら、私にはそのほかの幸福に要りません。
[#ここから地から2字上げ]
エリザベート・ラヴェンザ
ジュネーヴで一七××年五月十七日」
[#ここで地上げ終わり]
 この手紙は、今まで忘れていた悪鬼のおどし文句――「結婚式の夜には行くからな![#「結婚式の夜には行くからな!」に傍点]」――を記憶のなかに甦らせた。それが私に対する刑の宣告であって、その夜、例の魔ものは、私を殺すためにどんな手でも使い、幸福をちらつかしていくらかでも私の苦悩を和らげる目あての立つものがあれば、それを、私から引き裂いてしまうだろう。よろしい、それでよいのだ。そのときにはきっと、死の闘いがおこなわれ、やつが勝てば、私は平和になり、私に及ぼすやつの力は終りになるし、やつが負ければ、私は自由な人間になるのだ。ああ! どんな自由だというのか。自分の家族が眼の前で虐殺され、家は焼かれ、畑は荒され、路頭に迷って、家もなく、金もなく、ひとりぼっちで、自由という名ばかりの、土百姓の享けるようなもの。エリザベートという宝を一つもっていることを除けば、そういうのが私の自由であろう。ああ! それも、死ぬまで私をつけまわす悔と罪の恐怖感のために帳消しにされたのだ。
 美しく愛らしいエリザベート! 私は、その手紙をくりかえして読んでいると。何かしらなごやかな感情が心に忍びこんで、愛と歓喜の楽園の夢をささやいたが、林檎はすでに食べられており、天使は腕をまくって私のあらゆる望みを取りあげようとしているのであった。けれども私は、エリザベートを幸福にするなら死んでもよかった。怪物がもしその脅迫を実行に移すとしたら、死は避けられなかったが、それでも、結婚すれば自分の宿命を早めることになるかどうかをまた考えてみた。私の破滅はなるほど数箇月早くやってくるかもしれないが、私を苦しめる怪物が、その脅迫を怖れて私が延期したというふうに邪推するとしたら、別の、おそらくはもっと怖ろしい復讐の手段を見つけ出すにきまっている。やつはおまえの結婚式の夜に行くからな[#「おまえの結婚式の夜に行くからな」に傍点]と誓ったのだが、この脅迫がそのあいだ平和を守る約束をしたことになると、考えているわけではなかった。というのは、まだまだ血に飽き足りていないことを示すもののように、あのおどし文句を並べた直後に、クレルヴァルを殺しているからだ。だから、私がすぐ従妹と結婚して、この従妹が父の幸福をもたらすとすれば、私の命を狙う敵の計画のために、ただの一時間でも結婚を延ばしはしないぞと私は決心した。
 こういう精神状態で、私はエリザベートにあてて手紙を書いた。その手紙は、なごやかな愛情にみちたものであった。「僕の愛するひとよ、僕は、地上にはもう、僕らのための幸福はあまり残っていないのではないかと心配するのです。それにしても、いつか私が享けるかもしれない幸福はみな、あなたを中心にしたものです。何にもならぬ懸念は、追いはらっておしまいなさい。僕は、自分の生活と満足のいくための努力を、あなただけに集中しているのですから。僕はね、エリザベート、一つの 秘密を、恐ろしい秘密をもっているのですが、それをあなたにうちあけたら、あなたの体は恐怖のために凍ってしまい、僕の不幸に驚くどころか、私が生きながらえて堪えてきたことをふしぎに思うだけでしょう。この悲惨な恐ろしい話は、私たちの結婚が済んだつぎの日に、あなたにうちあけます。そうなれば、おたがいにすっかりうちあけなければなりませんからね。しかし、お願いだから、それまでは、直接的にも間接的にもそのことに触れないでください。私はほんとうに心からこれをお願いし、あなたも承知してくれることとおもっています。」
 エリザベートの手紙が着いてから一週間ほど後に、私たちはジュネーヴに戻った。エリザベートは曖かい愛情で私を迎えた。それでも私の窶れた体や熱ばんだ頬を見ると、エリザベートの眼には涙がにじんだ。私もあいての変ったことをみとめた。ずっと痩せて、以前私を惹きつけた天与の快活さはずいぶん失われたが、そのやさしさと同情のこもったなごやかな顔のために、私のように枯れはてたみじめな者には、いっそうふさわしい伴侶になっていた。
 私かいま感じている平静は長く続かなかった。記憶には狂気が伴っていて、過ぎ去ったことを考えると、私はほんとうに気が狂った。荒れ狂って激しい怒りに燃えることがあるかとおもうと、すっかりふさぎこんで、しょんぼりとすることもあった。誰とも口をききもしなければ会いもせず、つぎつぎと自分をたたきのめす災難に戸惑いして、ただじっと坐っているのだった。 こういう発作から私を救い出す力があったのは、ただエリザベートだけで、そのやさしい声は激情に浮かされている私をなだめ、麻痺状態に沈んでいる私に人ごこちをつけてくれた。エリザベートは、私といっしょに、私のために泣いた。私か正気にかえると、私に忠告し、諦めさせようとほねおってもくれた。ああ、不幸な者にとっては、諦めるのもよいことだろう。しかし、罪を犯しに者には平和はない。悔恨に苦しみ悶えると、さもなければ、過度の悲しみにふけるさいに往々見られる悦びがだめになってしまうのだ。
 私が家に置いてからすぐ、父は私とエリザベートとの結婚式をさっそく挙げようと言いだした。私は黙っていた。
「それではおまえは、誰かほかに好きな人でもあるのかね?」
「そんなものはとこにもありませんよ。僕はエリザベートを愛しています。私たちがいっしょになるのを喜んで待っているのです。だから、日取りを決めてください。そうすればその日に、生死をかけて、あの子の幸福のために身を献げます。」
「ねえヴィクトル、そんな言いかたをするものじゃないよ。わたしらはひどい不運にみまわれたが、こうなるともう、あとに遺っている者にだけすがりついて、亡くなった者に対する愛情を、まだ生きている者に移そうじゃないか。わたしらの身うちは小さくなったが、愛情とおたがいの不運の絆でぴったり結ばれているのだよ。時の力がおまえの絶望を和らげてくれれば、新しく大事に世話してやる者が、わたしらから残酷に奪い去られた者に代って生れてくるだろうからね。」
 父が教えてくれたのは、そのようなことであった。しかし、私にはやはり、あの威嚇の憶い出が戻ってきた。あの悪鬼は、血を見ることにかけてはまだまだ万能だったので、それを私がほとんどどうにもな
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