フランケンシュタイン
FRANKENSTEIN, OR THE MODERN PROMETHEUS
マリー・ウォルストンクラフト・シェリー Mary Wallstoncraft Shelley
宍戸儀一訳

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)信天翁《アホウドリ》

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   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「木+解」、第3水準1−86−22]
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       主要登場人物

ウォルトン隊長――イギリスの探検家。
フランケンシュタイン――スイスに生れた若い化学者。本篇の主人公。
怪物――フランケンシュタインの創造した巨大醜悪な生きもの。
フランケンシュタインの父――名はアルフォンス。かつて長官その他の顕職にあった。怪物に殺される。
エリザベート――フランケンシュタインの許婚者。怪物に殺される。
クレルヴァル――名はアンリ。フランケンシュタインの親友。怪物に殺される。
ジュスチーヌ――フランケンシュタインの父の家の忠実な女中。怪物のために死刑にされる。
ウィリアム――フランケンシュタインの幼い弟。怪物に殺される。
[#改ページ]

    ウォルトンの手紙(第一)
          イングランドなるサヴィル夫人に

[#地から2字上げ]セント・ペテルスブルグで、一七××年十二月十一日
 虫の知らせがわるいからとあんなに御心配くださった僕の計画も、さいさきよくすべりだした、とお聞きになったら、お喜びくださることとぞんじます。昨日、ここに着きました。で、まずとりあえず、無事でいること、事かうまく運ぶことにますます自信を得たことをお知らせして、姉さんに安心していただきます。
 僕はもう、ロンドンのずっとずっと北に居るのです。そして、ペテルスブルグの街を歩きながら、頬をなぶるつめたい北方の微風を感じているところですが、それは僕の神経をひきしめ、僕の胸を歓びでいっぱいにします。この気もちがおわかりでしょうか。僕の向って進んでいる地方からやってくるこの風は、氷にとざされた風土の楽しさを今からなんとなく想わせます。この前兆の風に焚きつけられて、僕の白昼夢はいよいよ熱して鮮かになっています。極地は氷雪と荒廃の占めるところだと思いこもうとしてもだめなのです。それは、たえず、僕の想像のなかでは、美と歓びの国として現われてくるのですよ。そこでは、マーガレット、太陽はいつでも眼に見え、その大きな円盤が地平線の上に懸って、永遠の輝きを放っているのです。そこには――というのは、姉さん、あなたの前ですが僕は、僕以前の航海者たちをかなり信じておればこそそう言うのですが――そこには雪も霜も見られません。そこで僕たちは、いくら驚歎してもしきれぬ国、人の住める地球上に今までに発見されたどんな地方にもまさる美しいすてきな国に、吹き送られるかもしれません。天体現象が疑いもなく未知の寂寞のなかによこたわっているように、そこの産物なり地勢なりもたとえようのないものかもしれません。永久の光の国で、何が期待されないと言うのでしょうか。僕はそこで磁針を引きつけるふしぎな力を見つけるかもしれませんし、また無数の天体観察をやってそれをだんだん正確なものにしてもいけるでしょうが、いつもきまって変らないその外観上の偏心率を示すためには、どうしてもこの旅か必要なのです。僕は、これまで訪れたことのない世界の一角を眼にして、自分の燃えるような好奇心を満足させ、人類の足跡を印したことのない国を踏むかもしれません。こういうことが僕を誘惑するわけで、それだけでも僕は、危険をも死をも怖れない気もちになりますし、子どもが休みの日に友だちと語らって、土地の川に何かを見つけに行こうと小舟に乗るときに感じる、あの喜びに駆られて、このほねのおれる旅を始めようとするところです。しかし、こういう臆測がみなまちがっていたとしても、現在のところではそこに達するのに何箇月かかるかわからないような、極地に近い土地への航路を発見することで、あるいはまた、かりそめにもできないことでないとすれば、僕の企てたような計画によってしかやりとげられない磁力の秘密を突きとめることで、全人類の最後の世代に至るまで計り知れぬ利益を受けるだろうということに、あなたもとやこう言うことはできないはずです。
 こんなことを振り返って考えていると、この手紙を書きはじめたときのぐらついた気もちが吹きはらわれて、心が天にものぼるような熱情でもって白熱するのがわかります。というのは、魂がその知的な眼を据えつける一点としての揺るぎない目標ほど、人の心を平静にしてくれるものがないからです。この探検は僕の幼い時から大好きな夢でした。僕は、極地をめぐる海を越えて北極洋に達するみこみでおこなわれた、いろいろな航海の記事を、熱心に読んだものです。発見の目的でなされたあらゆる航海の歴史が、僕たちのよき叔父トーマスの書庫にぎっしり詰まっていたのを、姉さんもおぼえていらっしゃるでしょう。僕の教育はほったらかしでしたが、それでも僕は、一心に書物を読むのが好きでした。そういう書物を昼も夜も読みふけったものです。それらに精通するにつれて、父が亡くなるときに言いおいたことだというので、船乗りの生活に入ることを叔父が僕に許さないと知って、子どもごころにも僕は、ますます残念に思いました。
 こういった幻想は、例の詩人たちをよく読んだとき、はじめて萎みました。この詩人たちは、流れ出たその力で、僕の魂をうっとりとさせ、それを天上に引き上げてくれました。僕も詩人になり、一年間は自分の創り出した楽園に住みました。自分も、ホメロスやシェークスピア並みに、詩の神殿に祀られるとでも思っていたのですね。僕の失敗したこと、その時の落胆がどんなにひどかったかということは、姉さんもよくごぞんじです。しかし、ちょうどそのころ、従兄の財産を相続したので、またまた昔の夢が性懲りもなく首をもたげてきたのです。
 現在のこういった企てを心に決めてから六年になります。今でも僕には、この大冒険に向って自分を捧げた時のことが憶い出されます。僕はまず、自分の体を辛苦に慣らすことから始めました。そこで、捕鯨船に乗せてもらって幾度も北海に行き、自分から進んで寒さや飢え、渇き、あるいは寝不足をがまんし、日中はよく普通の水夫よりも激しく働き、夜は夜で、数学やら、医学のこころえやら、また自然科学のうちで海洋冒険者に実際にいちばんやくだつ部門などの勉強に没頭しました。グリーランドの一補鯨船の補助運転士の役を二度も自分で買っで出て、りっぱに任務を果しました。船長が船で二番目の地位を提供しようとして、たいへん熱心にいつまでも居てくれと頼んだ時には、ちっとばかり鼻が高くになりました。それほど船長は、僕のしごとぶりを高く買ったのですよ。
 そういうわけで、マーガレット姉さん、今では僕にも、大きな目的を果す資格があろうというものではありませんか。安楽に贅沢してくらすことだってできたわけですが、いままでにさしのべられた富のあらゆる誘惑を振り切って、栄光の道を選んだのです。おお、然りと答えるあのどことなく勇ましい声! 僕の勇気と決意はしっかりしていますが、希望や元気がぺしゃんこになる時も、ないとは言えません。僕は長期にわたる困難な航海に出かけるところですが、何か事があるばあい、あらゆる堅忍不抜さをもってこれに処することが求められます。危急のさいに他の者の元気を振いおこすばかりでなく、ときには自分を励まして持ちこたえることが必要なのです。
 ロシアを旅行するには、今がいちばん恵まれた時です。大橇に乗って雪の上を飛ぶように滑っていくのですが、これは愉快なことで、僕の考えでは、イギリスの駅馬車に乗るよりもずっとずっと楽しいものです。毛皮にくるまっていれば寒さもひどくないので、僕ももう、毛皮の服を着こんでいます。なぜなら、それを着たところで血管中の血か残るのを防げないとしても、甲板を歩きまわるのと、何時間も動かずにじっと坐っているのとでは、たいへんな違いがあるからです。僕は何も、セント・ペテルスブルグとアルハンゲリスクとの途中の逓送路線で命を捨てようという野心をもっているわけではないのですから。
 二週間か三週間経ってから、アルハンゲリスクへ向って立ち、そこで船を借りるつもりですが、これは持ちぬしに保険料さえ払えばたやすくできるはずです。また、捕鯨に馴れた連中のうちから必要とおもわれるだけの船乗りを雇うつもりです。六月までは出帆するつもりはありません。ところで、僕はいつ戻ってくるでしょうか。ああ姉さん、この問にいったいどう答えたらよいでしょうか。もしも成功するとしても、何箇月も、何箇月も、ひょっとしたら何年も、お会いすることはできないでしょう。まんいち失敗すれば、すぐまたお目にかかるか、もうお目にかかれないか、どちらかです。
 さらば、撲の大事なマーガレット。御多幸を祈るとともに、僕に傾けてくださったあなたのあらゆる愛情と親切に対して厚く厚く感謝します。敬具。
[#地から2字上げ]R・ウォルトン

     ウォルトンの手紙(第二)
            イングランドなるサヴィル夫人に

[#地から2字上げ]アルハンゲリスクで、一七××年三月二十八日
 こんなふうに霜と雪に囲まれているここでは、時の経つのがなんと遅いでしょう! けれども、僕の計画だけは、もう第二歩を踏み出しました。船を借りて、乗組員を集めることに没頭しているところですが、すでに雇った連中は、信頼のおける、たしかに怖れを知らぬ勇気をもった男たちのようにおもわれます。
 とはいえ、まだ一つ欠けたものがあって、まだそれを満せないでいます。いま、それがないのは、よくよくの不幸だと思います。友だちがないのですよ、マーガレット。成功の熱に燃えているときにも歓びを共にする者がなく、失望に陥ったとしても意気沮喪に堪えるように励ましてくれる者がないのですよ。僕はなるほど、自分の考えを紙に書きつけもするでしょう。しかし、感情を伝えるには、それは、やくにたちそうもない手段です。僕は、僕に同感でき、眼で眼に答えてくれる人間を、仲間にほしいのです。姉さん、あなたは、僕をロマンチックだとお考えでしょうね。けれども僕は、友だちのいないのはつらいのです。やさしくてしかも勇気のある、心が広くて教養のある、僕と同じような趣味をもった人で、僕の計画に賛成したりまたそれを修正したりしてくれる者が、誰ひとり身近かにはいないのです。そんな友だちがあれば、あなたの貧弱な弟のあやまちをいろいろ矯してくれるでしょうに。私はあまり実行にはやりすぎ、困難にあたって辛抱がなさすぎます。しかも、自分流に独学したことは、そんなことよりもずっと大きな禍です。十五歳までというものは、共有地の荒野を駆けめぐり、トーマス叔父の航海の本をしか読まなかったのですものね。そのころ僕は、自分の国の高名な詩人たちに親しむようになりましたが、自国語以外の諸国語に通じる必要があると気がついたときには、そういう後悔からもっともたいせつな利益を得る力がなくなっていました。僕はもう二十八歳ですが、実際には十四歳の学校生徒よりも無学なのです。なるほど僕は、物事をもっと考えもするし、僕の白昼夢はもっと広がりがあってすてきでしょうが、ただそれには(画家たちが言うように)調和が欠けています。そこで僕は、僕をロマンチックだと言って軽蔑しないだけのセンスのある友人と、僕が自分の心を直そうと努力するうえでの十分な愛情が、大いに必要なのです。
 まあ、こんなことはつまらぬ愚痴というものです。広い大海では、いやこのアルハンゲリタスクでさえも、商人や海員のあいだに友だちを見つけるのは、できない相談です。それでも、その連中の粗野な胸のなかにも、人間性の汚れをいさぎよしとせぬ感情が波うっています。たとえば、僕の副隊長は、すばらしい勇気と進取の気性に富
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