した。
東京監獄に入つた時、最初の二、三日間は、どうしても、飯が咽を通りませんでした。うつはは汚なし、異樣な臭氣はするし、辨當の箱を口のところに持つてゆくと嘔吐を催して、どうにも食ふ氣になれませんでした。それが四日目ぐらゐから、空腹に堪へられなくなり、三度の食事がうまくて待ちどほしくなりました。人間の生理生活には、どんなに彈力性、融通性があるものかと驚かされるのでありました。
入獄の時は、同志山口孤劍君と一しよでした。『父母を蹴れ』といふ山口の論文が告發されて、それが二人に何ヶ月かを食はしたのです。東京監獄に行くと勿論二人は引き離されました。眞つ暗なブタ箱から、やがて夜具を抱へて獨房に入れられ、後からガチャンと鍵をかけられた瞬間の氣分といふものは、まつたく『大死一番』といふ心境、または『一切他力』の實感を、體驗させられるのでありました。窓は高くて外は見えず終日終夜面壁の修業です。
東京監獄から巣鴨監獄に移されると、いささか格式が上つたやうに感じられました。今までは木造の小さな獨房であつたのが、今度は鐵の扉の岩窟のやうな冷たい室になりました。食物もずつと澤山に御馳走があるやうに感じ
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