て泰然とこれを乘切ることが出來たであらうか? 苟も十字架を負うて社會運動に身を投じたと稱するものが、びくびくしたのでは見つともない、だが、私はそのびくびくの方らしい。私は歸京の翌日箱根太平臺の内山愚童君を訪うて、このことを訴へました。愚童君は暫時の靜坐を勸めてくれました。愚童君の寺は小さな寺ではあるが、見晴らしのよい、靜かなところで、和尚一人の生活であるから、瞑想、靜觀を妨げる何ものもなかつた。わたしが與へられた室で瞑目端座してゐると、何時の間にか、鼻先に芳はしい線香のかをりがただよつて來る。愚童君の心づかひでありました。心はしーんとして閑寂の底に沈む。その時です、突如として心の窓が開け『十字架は生まれながら人間の負うたものだ』と氣がつきました。それは、眞に觀天喜地のうれしさでありました。その時、製茶に專心してゐる和尚のところに行つてこれを告げると『ああ、その通り、それだよ、それだよ!』とうなづきました。それは一週間の坐禪の中ごろのことでした。
伸びる買收の手
「ボンズ(坊主)とクレチャン(基教徒)とが寄つて、アナルシスムの修業をするなんて、東洋でなくては見られない風景だ
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