物語りましたが、今かへり見ると、かうした惱みに纒はられるのも、その原因は最初の失敗から由來するものです。みな身から出た錆なのです。全我を傾けて社會運動に投じようと決心しながら、かうした事情から思ふ半分も活動し得なかつたことは今日かへり見ても殘念でたまりません。しかしまた他の一方から考へて見ると、この氣むづかしい心の状態から、わたしは自然に内省的になり思索的生活に傾いて行つたのであらうと思ひます。普通選擧の請願運動などの代表者になりながら、所謂政治家的の氣分に接すると、堪まらなく、いやになるのでした。或る時、幸徳と堺と揃つて世間話をしてゐた際に
「これから普通選擧が實施される時代も來るであらうが、その時代に最も幸福な境涯に立つものは石川君、君等だよ」
 と幸徳が唱へ、堺がそれに和するのでした。そんな言葉を聞くと矢つ張りこの人達は政治家なんだと神經的にいや氣がさすのでした。ひねくれて、いぢけた當時の私には、ものごとを神經的に判斷することしか出來ませんでした。他の人の地位に立つて、その人の意向なり去就なりを、推量することが出來ませんでした。そして自分の殼を造つてその殼の中に閉ぢこもるやうに傾
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