く古風な、しかも可なりにひねくれた心の持ち方が現はれてゐます。これは恐らく少年時代の古い型の先輩達から受けた感化と、有爲轉變のはげしい浪に飜弄されて來た生活環境から育成された性格でありませう。まことに自ら醜いとは思ふのですが未だにこれを脱却し得ないのです。全我を捧げて平民社に飛び込んでいつたのでありますが、このひねくれのために同志先輩とソリの合はないことも多く、殊に堺、幸徳の兩先輩を困らせたことも多かつたと思ひます。
平民新聞の讀者にはクリスチャンが多く、平和運動に共鳴して、非常に熱心に應援してくれました。平民社發行の繪ハガキが、マルクス、クロポトキン、ベーベル、エンゲルス、トルストイの肖像を一組にしたのでも、平民新聞の思想的態度が察せられます。
或る時、わたしは、『平民』紙上に『自由戀愛私見』といふ一小論文を出しました。夫婦生活には戀愛が至上命令である、それが消えたら直ちに離別することこそ眞の貞操だといふのでありました。多くのクリスチャンを讀者に持つてゐたので、この文章に對する讀者の非難はものすごいものでした。社内でも幸徳、西川兩君は『こんな文章を出すと讀者の志氣を弱める』とて非
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