週間かたつた時、私の下宿に私の留守中に未知の來訪者があり、近所の某所に待つてゐるから來てくれと言ひおいた、すぐに行つて見ると、それは向島の業平町の木賃宿の主人で、娘の依頼でやつて來たのです。もう産月に近いのだといふことを聞いて私は今さらながら驚天しました。明日を約してその男を歸し、直ちに行李の中から眼ぼしい衣類全部を包み出して質屋に飛び、三四十圓の金をこしらへました。そして兎も角も翌早朝、向島まで車を飛ばし、お腹の大きい娘に會つて一時しのぎにと約束の金を渡しました。喜び涙ぐむ娘に暫しの辛棒を説いて私は一まづそこを辭し去りました。
若き日の苦惱
福田未亡人から聞いた若者への疑ひが晴れた譯ではないが、娘が私に訴へる以上は私に責任があります。どうしてこの娘を助けたらよいか。名義だけにしろ他家に養子になつた身で既に婚約の娘もある自分であれば、自由の行動もできません。思案に餘つて、それを福田未亡人に打ち明けました。福田未亡人は私の打ち明けたことを非常に喜んで、すぐに知人の慈惠大學講師に事情を告げて、慈惠病院に入れてくれました。そして間もなく安らかに分娩することができました。數日に
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