まの申請はとりさげて下さい、といふとその人はその申請をとり下げると同時に退廷してしまひました。怒つたのです。法廷が終つて、黄興、宋教仁、章炳麟とわたしと、四人で日比谷公園の松本亭で午餐をともにした時、黄興は言ひました。
「章さんは少々精神異常者というてもよろしい、辯護士さん氣の毒なこといたしました」
 さすがに黄さんは人間が大きいなと思ひました。この裁判事件は、わたしが巣鴨監獄を出て間もない時分のことであつたと思ひます。

 さて、大逆事件があつて以來、わたしどもの生活の道は八方ふさがりになりました。進退まつたく谷まりました。わづかに内密の代筆や飜譯で口を糊するに過ぎませんでした。刑事二人が晝も夜も家居の時も、外出の時も、常にわたしどもに離れず警戒を續けるので、知人を訪問することも遠慮せねばならなくなりました。この時わたしに屡※[#二の字点、1−2−22]代筆の仕事を與へてくれたのは辯護士花井卓藏氏でありました。花井のところには、わたしは十五、六歳の時から出入し、同博士の長男節雄君が死んだときには、香爐を持つてその棺を送つたほどでしたが、この生活難に際しても隨分世話になりました。かつて
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