が羽を磨く時、めん鶏が砂をかぶつて蠢動する時は雨が降る。又、雨が近づくと、クロバの様な草類の茎が直立し、「われもこう」の花が開き、夜間は閉ぢらるべき「シベリアちさ」の花が開いた儘でゐ、朝になつて開くべき「アフリカ金盞花」は開かずにゐる。
 空模様の観察[#「空模様の観察」に丸傍点] 空が異常に透明な時、遠方の物音が平常よりも明かに響く時、星の閃きが鋭い時は、雨の報せと知れ、月が朦にぼけた時、切れ切れの雲が地平線上に現はれる時、は風の報せと知れ、月や日が傘をかぶつた時は、必ず風つきの雨が襲つて来る。
 俚諺のかず/\[#「俚諺のかず/\」に丸傍点]
 三月は、お母さんの綿を買つて、(まだ寒い期節)三日後には売り飛ばす。(天気が定まらぬ)
 三月は気ちがい。(天気が定まらぬ)
 三月は同じ日が二度とない。
 四月は泣いたり、(降雨)笑つたり[#「笑つたり」は底本では「笑ったり」]。(晴天)
 四月一ぱいは薄着をするな。
 五月には泥棒が生れる。(野に果物野菜が出来始める。草木が叢生して泥棒が匿れ易い)
 聖バルナベ(六月十一日)には、鎌を持つてマレム(牧畜の地方)に行け。
 八月の太陽は野菜畑の女を弥[#「弥」に「(ママ)」の注記]く。(立派な野菜を枯らすので)
 聖ミシエル(九月廿九日)に暑気は天に登る。
 聖シモン(十月廿八日)に、扇子は休む。
 ツスサン(十一月二日)には、マンシヨン(手被ひ)と手袋。
 聖カテリン(十一月廿五日)に、牝牛は乳場へ行く。
 一月に生れ、二月に柔ぎ、三月に芽ぐみ、四月に[#ここから割り注]〔一字欠字〕[#ここで割り注終わり]び、五月に茂る。(栗の発育)
 一月の酷寒、二月のしけ、三月の風、四月の細雨、五月の朝露、六月の善い収穫、七月の好い麦打ち、八月の三度の雨、それはソロモン王の位よりも尊い。
 杜鵑《ほとゝぎす》が鳴く頃は、湿つた日もあり、燥いた日もある。
 黒つぐみが鳴くと冬は行く。
 以上の外、伝説的俚諺を列挙すれば際限も無いが、余り長くなるから今回は此で止める。百姓は自ら自然の気候を解得して、農作の順序を過らない。農事の成功不成功が半ばは此気象観察に基くことを知らば、之れは決して、軽視《おろかせ》にできない。

         ◇

▲希望と歓喜 五月六月は、農園の地面が最も美しい時期です。葡萄畑では若い緑葉の間に芳烈な力と味とを孕んだ花が隠れて居る。ジヨメトリツクといふ程では無いが、規則正しいトマトの葉並が、星の様な花をちりばめて、落着いた軟かい色と形を地上に蔽い飾る。地殻を破つて突き出た様な隠元の芽生えが、漸く葉並を揃へて幾筋もの直線の行列を作ると、地の面は、宛《さ》ながら可愛い乙女達のマツス・ゲエムを見る様に、希望と歓喜とに満される。
▲サクランボ 五月の末から六月の初には、桜の実が熟す。仏蘭西のサクランボ、殊に私の居た南仏のサクランボ、それは地球上の何れの涯に行つても味ひ得ぬであらう、と思はれる程甘くて風味がある。幾つもの大木に鈴成りになつてゐるのを、腕白小僧の様に高い処に登て食う。毎日幾升食うことやら。何しろ長く取つて置けない果物だから、三人や五人では食べ切れない。ジヤムを造るのだが、仲々造りきれない。そこで、おまんまの代りに食う。善く成熟したものは幾ら食つても腹を傷める様なことは無い。傷めるどころか、胃も腸も善くなる。血液も清められる。こうして、都会人の知らない恵みを、自然は百姓に秘かに施してくれるのだ。
▲トマトの植付 五月半ば頃、トマトは苗床から畑に移植される。三尺位の間隔を置いて、一尺立方位の穴を穿つて、それに半分位、自然肥料を詰めて、其上に一二寸ほど土をかけて、其処へトマトの苗を植えつける。其取[#「取」に「(ママ)」の注記]トマトの苗は、最初の内は穴の底に殆ど隠れてゐる。茲にトマトを早く成長させる秘術がある。仏蘭西でも普通の百姓は知らない事で、こゝに書くのは惜しい様だが、『農民自治』の読者へ特別の奉仕として書いて置く。それは極めて簡単で鳥の羽を肥料の上に五分通りも布いて其上に土を被せるのである。其羽も殺菌なぞした古い羽では役に立たない。矢張り生の羽で無くてはならぬ。此秘術を施すと、少くとも十日か一週間は他の苗よりも早く、果実が成熟する。そして出来栄も目立つて好い。
 六月末にはトマトに丈夫な支柱を与へる必要がある。其支柱に緊《しつ》かりトマトの茎を結び付けても、まだ其果実の重量で枝が折れる。従て枝も亦支へてやらねばならぬ事もある。
▲芽枝剪栽法 最初のトマトの花が大てい咲いた時、其儘に置くと、其花は実らずに萎んで了ふ。それは其花枝の分枝点から出る心芽が全精力を吸収して上へ上へとばかり延びやうとするからである。故に、其最初の花枝に咲く全部の花に立派な果実を成熟させる
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