巡査を何千人か増員するといつてをりますが、下の巡査が能率をあげれば上の人が褒美をもらふまでゞあります。これは単に警察や監獄の中だけではなく、会社でも、学校でも、銀行でも、又農村でも到る所同様であります。だから皆が何でも偉い者にならうとしてあせつて、一つづつ上へ/\と出世をしたがります。平教員よりも校長に、巡査よりも部長にといふのが今の世の中の総ての人々の心理であります。
然し上の位の人だけが手柄があるのかといふとさうではありません。どんなに下の位の者でもみなそれ/″\の働きをしなければ、いくら上の人が命令をしても何一つまとまつた仕事は出来ないのであります。然るに今日の生存競争の考へからすれば馬鹿と悧※[#「りっしんべん+巧」、429−3]とが出来るのであるが、人といふ見地からすれば一人で総てを兼ねることは出来ません。どんなに馬鹿と見えても必ず誰にも代表されない特長を持つてゐるものであります。特別の体質と性質とを持つてゐて、そこに個人としての特別の価値を持つてをります。悧※[#「りっしんべん+巧」、429−6]とか馬鹿とかいふが甲の国で悧※[#「りっしんべん+巧」、429−6]な人、必ずしも乙の国で悧※[#「りっしんべん+巧」、429−6]とは限らず、乙の時代に悧※[#「りっしんべん+巧」、429−7]な人、必ずしも丙の時代に適するとは限らないものであります。この通り、総ての動物総ての植物に至るまで、みなそれ/″\の使命を持つてゐることは人間におけると同様であります。
こゝで人間社会のことを考へてみませう。だが近代社会のことは言はぬことにいたします。それはあまり悪現象に充ち満ちてゐるからであります。太古、ヨーロツパ文明にふれない野蛮人の生活についてゞあります。
モルガンといふ社会学者はアメリカに渡り、土着人の社会生活を研究して『古代社会』といふ本を書いてをります。彼の研究によると、米国の一地方に住居したエロキユアス人種といふのは支配なく統治なく、四民平等の自治協同の生活をしてをつたといふことであります。この人たちはある事柄を決するのに皆が決議参与権を持つて居ります。日本では今頃になつて普通選挙などゝ騒いでゐるが、この人種は既に全部の人が参与権を持つて居りました。そして村は村として一つの独立の団体であつて、決して大きな全体の一機構ではなかつたのであります。
フランス革命の時には自由、平等、博愛を標語として叫びましたが、この土人たちはとつく[#「とつく」に傍点]の昔から其を実行してゐたのであります。人間が誤つた思想や学問に支配されない前には、みんな自由、自治の生活をしてをつたのであります。これはアメリカだけではなくしてヨーロツパでも、アジアでも太古の社会はみなさうでありました。支那の昔、唐の時代の詩人に白楽天といふ人がありました。彼の詩にはよくこれが現はれてゐます。「朱陳村」といふ詩などには軍隊も警察もなく、而もよく自治して生を楽しんでゐる村の有様が現はれてをります。フイリツピンのルソン島も今のように征服されない以前には自由、平等、博愛の社会を造つてをりました。巡査なども不必要であつたことは勿論であります。尊ばれるものは武器を携へてゐる人ではなくて長老であります。長老は知識があり経験があつて、村落生活を助け導いてくれることが多いからであります。しかし長老たちは権威をもつて支配するやうなことはありません。文明社会には元老院、枢密院などいつて老人が権威を振ふ場所がありますが、其昔にはありませんでした。然るに此社会はアメリカ人の為に滅されて了ひました。
次に日本自身について考へてみます。天照大神に関する神話の中、素盞嗚尊《すさのをのみこと》の行為についてはいろいろの解釈があり、社会学上でいへば一の社会革命であるが、神話のまゝで見れば暴行であります。兎に角その暴行のために天照大神が天の岩戸の中に隠れてしまはれたので世間が暗闇となりました。そこで八百万《やほよろづ》の神々は一大会議を開いて、素盞嗚尊を流刑にすることゝ天照大神に出ていたゞいて世間を明るくすることゝを決議しました。その神々の間には位の上下等もなく、皆平等であつて、皆が決議権を持ち、階級的差別はありませんでした。その時に八罪といつて八つの重な罪を決めましたが、不思議なことには盗みや詐欺等私有財産に関する罪といふものがありません。想ふにその頃は部落共産制であつて私有財産といふものが無かつた為に盗みなどといふこともなかつたのであらうと思ひます。日本の古典として最も貴重な『古事記』に現はれた日本の国体はこれであります。先刻述べましたエロキユアスと同様な社会生活であつて、統治なく支配なき社会でありました。八百万神とは今でいへば万民であります。万民が一所に集つて相談をしたのであり
前へ
次へ
全7ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
石川 三四郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング