つた美的生活を廃して、真実の人間的な美的生活を打ち立てることであります。

 第三、真の自治は土民生活において徹底すること。
 その順序としてまず土地と人類との関係を述べたいと思ひますが、人類は土地とは離すべからざる関係があり[#「あり」に「(ママ)」の注記]ます。アナトール・フランスはある本に「人類は地表に現はれた蛆虫の様なものである」と書いてあります。人間といふものは地に生れ、地に生きて、地に葬られていく生物であります。どうして地表に生命が生じたかといふことは略して、地表に人間が生れてゐる事実を考へてみませう。
 人は地から離れられぬのみならず、地からいろ/\の感化を受けてをります。地から離れる時には真の美も道徳も経済も失はれてしまふのであります。
 地理的に考へてみても人が環境から支配されることは著しいものであります。山地の人と平原の人とは体の組織から形まで違つてくるのであります。山地の人は空気が稀薄であるから胸廓も広く、坂道を歩くから自然に足が曲つてきますし背も低いのが普通であります。然し平原の人は足も伸び背も高くなります。身体上においてもさうでありますから、精神上にいろ/\な影響があることは当然であります。美くしい所に生れたら詩的になり、詩人や画家となるものが出来ることは人のよく知つてゐるところであります。昨夜もいつたのでした。この雄大な浅間山や烏帽子嶽[#「烏帽子嶽」は底本では「烏帽子獄」]の眺望に接してゐる御牧村に生れて詩人でないものは、よほど無能な人であるに相違ないと。但し所謂詩を作るに限つたことはありません。心持が詩的になり、詩を感ずるといふ状態になつてをればよいのであります。淋しい野中の一軒家に生活しながら何等の不平もなく、自分で働き自分で食ふといふ人たちは、詩人の心持に恵まれてゐるのだと思ひます。然し今の社会ではそれを望むことも無理であれば、見ることも困難であります。どんなに美くしい自然の中に生れても食うためには都会に出なければならず、工場にも通はなければなりません。又、そんな必要のない人でも金を儲けるために都会へ出たり、都会人と結托して仕事を始めます。みんな美に背いた生活であります。昔の詩人は田園を詩的な所だと歌つたが、今の田園には詩的な趣を見出さうとしてもなか/\困難であります。
 然しこうした事情の中に於ても農民自治会の講習会が開かれると
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