いふことは、誰か先覚者があつてこの美しい中に美しい生活を打ち立てやうではないかと唱へだした為であつて、それは立派な自然の感化であると思ひます。農民自治会の最初の講習会がこゝで出来るといふことは、この土地の感化といふものが知らず/\の間に働いてゐることゝ思ひます。
 あらゆる虚偽と邪悪との都会の中で巨万の富を積んでも何にならう、たゞ五十年の幻にすぎない。真実に人間らしい生活にかへり、人間本来の面目を発揮しやうといふ様に考へてくるのには、やはり地理的感化が必要であります。暑い国の人も寒い国の人もみなこの地理的感化をうけてをります。
 エスキモー人種は北極に近い雪の中に生活してをります。四五ヶ月は全く雪で造つた家の中に生活してゐて、一時に多くの油を食ふことは驚くばかりで、一度に一升位も飲み、一週間位は断食しても平気だといふことであります。常にオツトセイを捕へて食べるので、その顔がオツトセイに似てゐるといふことは面白いことであります。ヨーロツパ人は、ばくろ[#「ばくろ」に傍点]は馬に似た顔をして居ると言ひます。又、アフリカの南部にデンカ族といふ種族の住んでゐる、その附近には沼地があつて、鷺が多く住んで居りますが、デンカ族の人たちが魚を捕へるためにヤスといふ道具を持ち、片足を上げて沼のほとりに佇んでゐる姿は鷺によく似てゐるといはれてをります。みんなその環境に影響をうけたのであります。
 石の多い地方には石工が多く、木の多い地方には木工が沢山あります。西洋で家を建てるのには石工が多く働き、日本では大工が多いのはその国の地理的影響によるのであります。西洋では家の壁から先に築いていきますが、日本では屋根を先に造ります。又、西洋では昔から石に人の肖像を彫りますが、日本では木に彫りつけます。所によつて家の建て方から美術工芸品の製作に至るまでみんな違つてをります。人間はいろんな技術や経済生活に至るまで何一つとして地から離れることは出来ません。この地に即し、地を愛し、大地の精神を汲んでいくところに郷土精神があり、そこに郷土芸術、郷土文芸が発達して来るのであります。而してこの郷土的なものが人間として最も美くしく、且つ健全であり、真実であります。この郷土的な意味を真実に発達させていくのが農民自治の精神であります。
 各地方の事情を重んじ郷土精神を発揮することに努めると、全体としてまとまりのない
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