し、又、太陽系其ものの運行と共に運行する。吾等の智慧は此地を耕やして得たるもので無くてはならぬ。吾等の幸福は此地を耕やすにあらねばならぬ。吾等の生活は地より出で、地を耕し、地に還へる、是のみである。之を土民生活と言ふ。真の意味のデモクラシイである。地は吾等自身である。

         五

 地を離れて吾等如何にか活きん? 地を離れて吾等何処にか食を求めん? 地は吾等に与ふべき総てを産む。私が仏国ドルドオニ県に土民生活を営んで居た時、私は一九一七年五月五日の日記に次の如く書いた。
「芽が生へた。昨夕まで地の面に一点の緑も見へなかつたのに、今朝は翠《あを》い芽が一面に地からハジけ出て居る。右はアリコ(インゲン)左はポア(豌豆)何といふ勢ひであろう! 意気天を突くといふは、ホンとに今の彼等のことである」。
「芽が俄かに生へた。人が眠つて居る間に、地面を突破して現はれた。アの新鮮な大気を呼吸する前に! 種子は私が蒔いたのだ。インゲンには肥料をウンと置いてヤツた。二週間前に蒔いたのが今日生へたのだ。蒔いた私は芽の生へるのが待遠しかつた。アの元気ある萌芽を見ると今更ら希望に充される」。
「昨
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