ものを恵まれやう、世の為に善き物を生産しやう、自分の技術の為に全生命を打ち込まう、といふ様な精神は今の商業時代には存在し得ない。宗教も、教育も、産業も、芸術も、悉く一種の商売と化して世の中は陰欝暗憺たる修羅の街となつた。そして此暗い世の中を明るくし得るの第一の方法は、先づ吾等農民が自ら眼覚めて真に土の民衆たる本来の自己に立ち還へることである。自ら土の民衆となつて、世界の農作と工業と生産と交換とを自分自身の掌中に回復することである。蜜蜂の如く、蟻群の如く。
五
生存競争、金力万能の幻影的近代思想が築き上げたるバベルの塔は、即ち今の商業主義の都会文化である。何物をも生産することなしに、他人の懐を当にして生活する寄生虫の文化である。吾等は最早此バベルの塔に惑はされてはならぬ。吾等は野を蔽へる蓮華草の如く平等、平和の協同生活に立ち帰り、谷間に咲ける百合の如く、自然の芸術の芳烈なる生活を自ら誇るべきである。
新しい春の陽光は、今当に山深き谷間をも照して来た。清浄無垢なる可憐な小鶯が伝へる喜びの福音をして、断じて都会の塵風に汚さしむる勿れ。
底本:「石川三四郎著作集
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