ィのあたりで為た様に思つて振り返つた。五六歩の処を三人連れの女が手を引き合つて BOULEVARD の方へ急いで行く。何処を歩かうといふ考へも無かつた僕は、当然その後から行く可きものの様に急いで歩き出した。
 歩き出したが、別に其の女に追ひつかうといふのではない。ただ、河の瀬を流れる花弁の一つが右へ行くと、其の後のも右へ行く様に吸はれて行つたまでである。〔CRE'DIT LYONNAIS〕 の銀行の真黒な屋根の上に大熊星が朧ろげな色で逆立ちをしてゐる。BOULEVARD の両側の家並の上の方に CHOCOLAT MEUNIER だの、JOURNAL だのの明滅電灯の広告が青くなつたり、赤くなつたりして光つてゐる。芽の大きくなつた並木の MARRONNIER は、軒並みに並んでゐる珈琲店《カフエ》の明りで梢の方から倒《さかし》まに照されて、紫がかつた灰色に果しも無く列つてみえる。その並木の下の人道を強い横光線で、緑つぽい薄墨の闇の中から美しい男や女の顔が浮き出されて、往つたり来たりしてゐる。話声と笑声が車道の馬の蹄に和して一種の節奏《リズム》を作り、空気に飽和してゐる香水《パルフエン》の香
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