衆が派手な衣裳に黒い DOMINO を引つかけて右にゆき、左に行く。僕は薄い外套の襟を立てて、このまま画室へ帰らうか、SOUPER でも喰はうか、と 〔ME'TRO〕 の入口の欄干の大理石によりかかつて考へた。
 五六日、夜ふかしが続くので、今夜は帰つて善く眠らうと心を極めて、〔ME'TRO〕 の地下の停車場へ降りかけた。籠つて湿つた空気の臭ひと薄暗い隧道《トンネル》とが人を吸ひ込まうとしてゐる。十燭の電灯が隧道の曲り角にぼんやりと光つてゐる。其の下をちらと絹帽が黒く光つて通つた。僕は降りかけた足を停めた。画室の寒い薄暗い窖《あなぐら》の様な寝室がまざまざと眼に見えて、今、此の PLACE に波をうつてゐる群衆から離れて、一人あんな遠くへ帰つてゆくのが、如何にも INHUMAIN の事の様に思へてならなかつた。
“UN HOMME!  MOI AUSSI”と心に叫んで、引つかへして、元の〔OPE'RA〕の前の広場に立つた。アアク灯と白熱瓦斯の街灯とが僕の影を ASPHALTE の地面の上へ五つ六つに交差して描いた。
“VOILA UN JAPONAIS! QUE GRAND!”といふ声が
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