起って、室町時代の能面のような幽玄微妙な神韻を創生するに至った事実はわれわれにとって無上の教訓となる芸術上の恐ろしい約束である。
 背後に蔚然《うつぜん》たる五山文学の学芸あり、世は南北朝の暗澹《あんたん》たる底流の上に立って興廃常なき中に足利義満等の夢幻の如き栄華は一時に噴火山上の享楽を世上に流通せしめた。この前後の芸術一般が持つ美には、それゆえ毎《つね》に無常迅速の哀感を内に孕《はら》み、外はむしろ威儀の卓然たるものがあった。猿楽は寺坊の間から起ってこれらの将軍と公卿との寵児《ちょうじ》となり、更に慰楽に飢えた民衆一般の支持をうけ、遠く辺陬《へんすう》の地にまで其の余光を分った。能面の急激な発達は斯《か》くして成就せられたのである。仏像の彫刻がただ形式の踏襲に終始し、ただ工人的|末梢《まっしょう》技巧のめまぐるしい累積となり終った時、此の新興芸術たる物まね[#「物まね」に傍点]の生命たる仮面の製作には実に驚くべき斬新の美が創り出された。
 能面は物まね演技の劇中人物を表現すべきものであるという条件が、その製作者をして勢い活世間の人間の面貌にまず注視を向けしめた。しかも仏像の類と違っ
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