ん》像に見るようなあの言語道断な、真剣な魂の初発性は見られない。
 天平期の完成に伴う諸弊害を一掃せられた英邁《えいまい》な桓武天皇の平安遷都前後にあたってもう一度人心は粛然として真剣の気を取りもどした。
 京都神護寺に厳存する木彫薬師如来立像を美の日本的源泉の一つとして今特記しようとするには説明がいる。この所謂《いわゆる》弘仁期直前に製作せられた一木造りの如来像は世間普通には晩唐様式の模倣であってむしろ日本的性格の甚だ少いそれゆえ其様式もあまり永続きしなかったものとして考えられている。一応|尤《もっと》もなのであるが、さてその晩唐の本家たる大陸にこれだけの内容と技術とを持った優れた仏像は無い。その晩唐様式の影響というのは唯わずかに衣襞《いへき》の線条の形式や全体の様式の形骸にとどまっていて、その生命とするところは晩唐のだらけた駄作とは根本的に正反対である。概して多くの写真は撮影のかげんで殆どその面影もわからないのであるが、此像の持つ真剣な原始力は世界に類を求め難いほど特異なものである。飛鳥白鳳や天平にもなかった精神内奥の陰影がその形象の上に深く刻みつけられている。刀刃を以て木材を刻み
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