を極めるものに薬師寺金堂の薬師三尊の巨大な銅造仏がある。古事記、日本書紀の出来た頃前後の作と思われるが、その端厳にして旺盛《おうせい》な仏徳発揚の力といい、比例均衡の美といい、造型技巧の完璧《かんぺき》さといい、更に鋳金技術の驚くべき練達といい、まったく一つの不可思議である。唐の影響はよく淘汰《とうた》され、大陸にもかかる優れた遺品は絶無である。同寺東院堂の銅造聖観音立像もこれに劣らぬ美の最もいさぎよきものである。
 天平盛期となるとまず東大寺三月堂の乾漆の巨像|不空羂索観音《ふくうけんさくかんのん》があり、雄偉深遠で、しかも写実の真義を極めている。写実はすべての天平仏の美の根源であって、その自然から汲み取ることの感謝とよろこびを斯《か》くも正しく表現している時代は少い。同じ三月堂の塑造日光|月光《がっこう》の両|菩薩《ぼさつ》像もその傾向を推し進めたものであり、更に戒壇院の四天王像になると聡明な頭脳と余裕ある手腕とによる悠揚せまらぬ写実の妙諦《みょうてい》に徹底している。
 又一方には興福寺の十大弟子や八部衆のような近親感の強い純写生に基く諸作もあり、写生の極まるところ行信僧都や、鑑
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