のものは全く動揺しない。木で作つた彫刻が自然と前方に進んで来るやうである。面をかけた首の動きは観る者に非常に強く響くので、首は正しい位置を守つて微動もしない。立ちどまつて体をまはし、腕をひらくやうな時にも、決して中間の無駄な動作を交へない。最後の形に到る最も当然な動きを、丁度輪郭がおのづとほぐれていくやうに運ぶ。輪郭を乱さない。シテ柱に立つたまま謡へば二三年はたちまち経過する。斜め横に身体を向きかへるといふやうなわづかな動作はそれ故非常に烈しい変化を感じさせる。シテがワキに向つて迫るやうな時、つッつッつッつッと早足に進んでぴたりと止まる。進む時には進むといふ純粋な動きに一切が要約せられて、ここにも造型上の雑入がない。生きた人間の動作といふものはもともと甚だ強い感銘を与へるので、われわれの日常生活の動作は、その強さを和げるためにいつでも中途半端な動きをしてゐるのである。いはば動きの意味を稀薄にして融通のきくやうにしてゐるとも言へる。いろいろの分子を紛れこましてあいまいなうちに事を運んでゐるやうなものである。能ではさういふことがない。動きは純粋で、決定的で、最後的である。それ故微細の動きも
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