林の中の小高い砂丘の上に立つてゐて、座敷の前は一望の砂浜となり、二三の小さな漁家の屋根が点々としてゐるさきに九十九里浜の波打際が白く見え、まつ青な太平洋が土手のやうに高くつづいて際涯《さいはて》の無い水平線が風景を両断する。
 午前に両国駅を出ると、いつも午後二三時頃此の砂丘につく。私は一週間分の薬や、菓子や、妻の好きな果物などを出す。妻は熱つぽいやうな息をして私を喜び迎へる。私は妻を誘つていつも砂丘づたひに防風林の中をまづ歩く。そして小松のまばらな高みの砂へ腰をおろして二人で休む。五月の太陽が少し斜に白い砂を照らし、微風は海から潮の香をふくんで、あをあをとした松の枝をかすかに鳴らす。空気のうまさを満喫して私は陶然とする。丁度五月は松の花のさかりである。黒松の新芽ののびたさきに、あの小さな、黄いろい、俵のやうな、ほろほろとした単性の花球がこぼれるやうに着く。
 松の花粉の飛ぶ壮観を私は此の九十九里浜の初夏にはじめて見た。防風林の黒松の花が熟する頃、海から吹きよせる風にのつて、その黄いろい花粉が飛ぶさまは、むしろ恐しいほどの勢である。支那の黄土をまきあげた黄塵《こうじん》といふのは、素《
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