類の寓居《ぐうきよ》にあづけて置いたので、その妻を見舞ふために通つたのである。真亀といふ部落は、海水浴場としても知られてゐる鰯《いわし》の漁場千葉県山武郡片貝村の南方一里足らずの浜辺に沿つた淋しい漁村である。
 九十九里浜は千葉県銚子のさきの外川の突端から南方|太東岬《たいとうみさき》に至るまで、殆ど直線に近い大弓状の曲線を描いて十数里に亙る平坦な砂浜の間、眼をさへぎる何物も無いやうな、太平洋岸の豪宕《ごうとう》極まりない浜辺である。その丁度まんなかあたりに真亀の海岸は位する。
 私は汽車で両国から大網駅までゆく。ここからバスで今泉といふ海岸の部落迄まつ平らな水田の中を二里あまり走る。五月頃は水田に水がまんまんと漲《みなぎ》つてゐて、ところどころに白鷺《しらさぎ》が下りてゐる。白鷺は必ず小さな群を成して、水田に好個の日本的画趣を与へる。私は今泉の四辻の茶店に一休みして、又別な片貝行のバスに乗る。そこからは一里も行かないうちに真亀川を渡つて真亀の部落につくのである。部落からすぐ浜辺の方へ小径《こみち》をたどると、黒松の防風林の中へはいる。妻の逗留《とうりゆう》してゐる親戚の家は、此の防風
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