るものを世に訴へ、外に発散せしめる機会を得るといふ事も美術家には精神の助けとなるものだと思ふのであるが、さういふ事から自己を内に閉ぢこめてしまつたのも精神の内攻的傾向を助長したかも知れない。彼女は最善をばかり目指してゐたので何時《いつ》でも自己に不満であり、いつでも作品は未完成に終つた。又事実その油絵にはまだ色彩に不十分なもののある事は争はれなかつた。その素描にはすばらしい力と優雅とを持つてゐたが、油絵具を十分に克服する事がどうしてもまだ出来なかつた。彼女はそれを悲しんだ。時々はひとり画架の前で涙を流してゐた。偶然二階の彼女の部屋に行つてさういふところを見ると、私も言ひしれぬ寂しさを感じ慰《なぐさめ》の言葉も出ない事がよくあつた。ところで、私は人の想像以上に生活不如意で、震災前後に唯一度女中を置いたことがあるだけで、其他《そのほか》は彼女と二人きりの生活であつたし、彼女も私も同じ様な造型美術家なので、時間の使用について中々むつかしいやりくりが必要であつた。互にその仕事に熱中すれば一日中二人とも食事も出来ず、掃除も出来ず、用事も足せず、一切の生活が停頓《ていとん》してしまふ。さういふ日々
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