よく》の苦《にが》さ。
がらんとした家に待つのは智恵子、粘土、及び木片《こつぱ》、
ふところの鯛焼はまだほのかに熱い、つぶれる。
[#天から27字下げ]昭和六・三
[#改ページ]
人生遠視
足もとから鳥がたつ
自分の妻が狂気する
自分の着物がぼろになる
照尺距離三千メートル
ああこの鉄砲は長すぎる
[#天から27字下げ]昭和一〇・一
[#改ページ]
風にのる智恵子
狂つた智恵子は口をきかない
ただ尾長や千鳥と相図する
防風林の丘つづき
いちめんの松の花粉は黄いろく流れ
五月晴《さつきばれ》の風に九十九里の浜はけむる
智恵子の浴衣《ゆかた》が松にかくれ又あらはれ
白い砂には松露がある
わたしは松露をひろひながら
ゆつくり智恵子のあとをおふ
尾長や千鳥が智恵子の友だち
もう人間であることをやめた智恵子に
恐ろしくきれいな朝の天空は絶好の遊歩場
智恵子飛ぶ
[#天から27字下げ]昭和一〇・四
[#改ページ]
千鳥と遊ぶ智恵子
人つ子ひとり居ない九十九里の砂浜の
砂にすわつて智恵子は遊ぶ。
無数の友だちが智恵子の名をよぶ。
ちい、ちい、ちい、ちい、ちい――
砂に
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