》をゆるさず、妥協を卑しんだ。いわば四六時中張りきっていた弦のようなもので、その極度の緊張に堪えられずして脳細胞が破れたのである。精根つきて倒れたのである。彼女の此の内部生活の清浄さに私は幾度|浄《きよ》められる思をしたか知れない。彼女にくらべると私は実に茫漠として濁っている事を感じた。彼女の眼を見ているだけで私は百の教訓以上のものを感得するのが常であった。彼女の眼には確かに阿多多羅山の山の上に出ている天空があった。私は彼女の胸像を作る時この眼の及び難い事を痛感して自分の汚なさを恥じた。今から考えてみても彼女は到底この世に無事に生きながらえていられなかった運命を内部的にも持っていたように見える。それほど隔絶的に此の世の空気と違った世界の中に生きていた。私は時々何だか彼女は仮にこの世に存在している魂のように思える事があったのを記憶する。彼女には世間慾というものが無かった。彼女は唯ひたむきに芸術と私とへの愛によって生きていた。そうしていつでも若かった。精神の若さと共に相貌の若さも著しかった。彼女と一緒に旅行する度に、ゆくさきざきで人は彼女を私の妹と思ったり、娘とさえ思ったりした。彼女には何
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