山の秋
高村光太郎

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)般若湯《はんにゃとう》
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 山の秋は旧盆のころからはじまる。
 カッコーやホトトギスは七月中旬になるともう鳴かなくなり、何となく夏らしい勢が山野に見えなくなってしまい、たんぼの稲穂がそろそろ七月末にはきざしてくる。稲穂の育ってくる頃、山や野にツナギという恐ろしいアブが雲のように出て人馬をなやます。山に入る人は肌をすっかり布でつつんでそのアブにさされるのを防ぐが、馬なども木につながれた縄をふりきってそのアブから逃げる始末で、その頃にはよく離れ駒が小屋の前をかけぬける。「馬こ見なかったかね」と時々村の人にたずねられた。
 稲の穂が出そろうと、たんぼの手入は一段落で、あの苦しい草とりも終り、ちょうどその時旧盆の農休みがくる。旧盆は農家にとって一年中のたのしい一週間で、まず餅をつきご馳走をつくり、先祖のお墓まいりをすませ、あとは盆踊に興じたり、村の青年たちは野球に夢中になったりする。旧盆には農家で供養をいとなむ。わたくしの居た部落でも、毎年輪番で当番をきめ、どこかの家に花巻町の光徳寺さまの和尚さんを招き、
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