黒舞などというのを見た。客も立って踊り、よろけ、中にはへたばってしまうのも出来る。酔いつぶさなければ振舞したことにならないというのであって、わたくしなど幸に酒に弱くもないから、ともかくもふらふらするくらいですむが、いよいよ帰ろうと思って出口に腰かけてゴム長をはいていると、そこへ家人は銚子と盃とを持って追いかけて来て勢こんで又のませる。これを「立ちぶるまい」という。そしておみやげのご馳走を渡される。もう夜になりかけたたんぼ道を歩いていると、今の家からはさかんな大太鼓の音と人間のわめく声とが渓流の音を消すようにひびいてくる。いつまでやっているのか、わたくしはまだ見届けたことがない。ただ岩手の人たちは不思議に人が好くて、こんな大騒ぎをしても、ついぞ乱暴な喧嘩《けんか》をしない。口げんかは相当にやるようだが、関東の人のような手の早いところは八年間に一度も見かけなかった。
旧盆がすむと世の中が急にひっそりする。草木は生長をやめて専ら種子をつくる方にかかりはじめる。畠では、トマト、ナス、インゲンがまっさかり、小豆や大豆も大分大きくなり、土用にまいた大根ももう本根をのばし、白菜、秋キャベツもそろそ
前へ
次へ
全16ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
高村 光太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング