、わたくしはそこに行ったことがない。時とするとその流れが山口部落まで押してきて、部落の小学校の校庭で踊のあったこともある。
平常ご馳走らしいご馳走もたべない村の人たちもお盆中はいろいろのご馳走をつくって一年中の食いだめをする。わたくしもよく方々の農家から小豆餅やなまり節などをもらった。例の白いのもさかんにのまれる。この白いのはうまく出来たのは何ともいえずうまく、甘味と酸味とがよく調和して、やわらかでしかも強く、囲炉裏のわきでひとり静かに茶碗でのむ趣はまことに最上の法楽であるが、又これの出来そこないとなると実にすごい。思いきり酸ぱく、しぶく、しかも度が強くて、のむと腹の中がじりじりと焼け、胃の中でまだ醗酵《はっこう》をやめないのでさかんにおくびが出る。そんなのでも村の人たちは酔を求めて浴びるようにのむから、山村の人たちの間では胃潰瘍《いかいよう》が非常に多い。胃ぶくろに孔《あな》があいて多くの人が毎年死ぬ。酒なしには農家の仕事は出来ず、清酒は高くて農家の手が届かず、やむを得ぬ仕儀ということである。
いったいに農家の酒ぶるまいというものは徹底したもので、まずその家によばれると、いちばん
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