郎は決して力まない。力まないで大きい。大根といわれた若年に近い頃の写真を見ると間抜けなくらいおっとりしている。その間ぬけさがたちまち溌剌《はつらつ》と生きて来て晩年の偉大を成している。一切の秀れた技巧を包蔵している大味である。神経の極度にゆき届いた無神経である。彼の第一の特色はその大きさにある。いかにも国運興隆の大きさである。彼の実際の身の丈けは今の吉右衛門よりも小さい。五代目菊五郎と並んだ写真では菊五郎の方がわずかに背が高い。その短躯《たんく》が舞台をはみ出す程大きいのである。彼は肥っても居ず痩《や》せても居なかった。彼の大きさは素質から来ている。深みから来ている。血統から、荒事師の祖先から来ている。絶体絶命の大きさなのである。
団十郎の顔はぽかりと大きい。その道具立の一つ一つがゆったり出来ていて、此は隈取《くまど》られるために生みつけられた特別製の素材であった。其上に舞台上の修練によるあらゆる顔面筋の自由な発達があった。すべてが分厚で、生きていて、円融無礙《えんゆうむげ》であった。
団十郎の顔は全体には面長である。横から見ると、後頭よりも顔面の方が勝っている。正面から見るとやや
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