ような場合も、矢張、正しい人は自分には神様がついているから大丈夫だという自信があるからいいので、手を入れて黒白を判別するのではなく、悪い者は其の前に既に降参するのだと思う。これも野房から習ったのだが、私は刀の刃も渡れた。普通の切れる刃なのだけれども、足の裏を真平らに刃の上に載せて、前後に動かさず擦らなければ、身体の重みだけでは切れない。自信を以て渡れば切れない。限度はあるだろうけれども、ああいう風なことは確に出来るものだということを、私は自分の体験からはっきり言うことが出来る。野房は、彫刻はまだ大成しない中に、頭が変になって、父の家の細工場の窓の所に足をかけて「向うから敵が来る。」などと言って気が狂って死んだ。
 何かあの頃は、そういう神秘的なようなことが頻《しき》りと行われた。盤梯山が破裂したり、三陸の津浪《つなみ》が起ったり、地震があったり、天変地異が頻々とあって、それにも少年の自分は脅かされた。地震のある時は夜空が変にモヤーッとした異様な明るさがある。之はこの頃学者の書いたものを読んで居たら、事実で、昔から言われていることだそうだ。その頃、私は夜になるとよく空を見ていたことを覚え
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