しいものが解らないのだろうと思ったものだった。
昼間は平気で、始終谷中の墓地の中で遊んだ。彼処は江戸時代に計画的に設計された天王寺の入口なので、考えてよく出来ている。そこの茶屋の子供が同級生だったので尚更よく遊びに行ったわけだが、以前は彼処の茶屋は非常に贅沢《ぜいたく》な所で、大奥の女中などが出入りしていた。外観はつまらないが、中は贅沢なもので、抹香臭いのと同時に変に麝香《じゃこう》臭い所であった。墓地は今行ってみると格別のことはないけれど、その頃は大層広く思えたもので、其処には土手があって実に草の豊富な所であった。私は山野の旅行など殆としたことがなく、自然というといつもその墓地を思い出す程である。自然というものに対する私の気持は専ら谷中の墓地で養われたとさえ言えるように思う。
子供の時、私は籤《くじ》を引くと必ず当るのでよく雇われたものだ。当るのには訳があって私は谷中の墓地は隅々まで精通していたから、文部大臣の森有礼を暗殺した西野文太郎の墓石を砕いてその一片《ひとかけ》を懐にして行くのである。私には確信があって、此を持ってゆけば当ると信じて行けば必ず当るのである。よく無尽講の籤引
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