や櫟《くぬぎ》の林が一面で、父の家はその竹藪に囲まれた中にあった。だから鼬《いたち》や狐も居た。その前は谷中にいたが、彼処は墓地で、五重塔の下の芥坂という所は「投込み」といって、東京で首括《くびくく》りとか身投げなどの身許《みもと》の分らない者を身寄りの者が出て来るまで仮に埋葬する所であった。浅く埋めてあるから、時々足や手を犬がくわえ出したりしているのが見えたりして、昼間は平気だけれど、夜になると怖かった。丁度南方の土人の生活など今でもそうだろうと思うけれど、夜になると、あらゆる魑魅魍魎《ちみもうりょう》が一杯になった一種別の世界に入るような気がして、非常に恐ろしかった。子供の時を思うと、何だか世の中が暗かった気がして、一種の暗い世界が頭の中に出て来る。私は子供の時、変な幻想の世界の中に生きていたようであった。そして、朝になると本当によかったと思うことが度々であった。よく庭を一杯に籠《こ》めた朝靄《あさもや》に段々明るく陽が射して来る工合が何とも言えないいい気持であった。私の詩などにも靄が屡々《しばしば》出て来るが、私は子供の時分、靄というものに非常に敏感で、どうして大人にはこんなに美
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