意味で父のところに来ることになったらしい。だから母は父にそういう境遇から救われたわけだ。母はまるで自分というものを無くして父を立て、實に忠実に父に尽した。こういうことは、母だけは実際偉いと私は思っている。典型的な日本の母親のように思える。貧乏な中をどんな苦労でもしたものだ。母は学問はないが悟りは非常によく、字などもお家流だが大変上手であった。祖父は自分が懲りているので、父の代になって家庭に鳴物と勝負事は一切入れなかった。母は長唄と下方の笛が得意であったが、そんなものは皆|放擲《ほうてき》して了っていた。ただ母は昔からの為来《しきた》りを非常に尊び、年中行事に委《くわ》しく、それをきちんきちんとやった。未だにその習慣が思い出されると悪くない。
 些細《ささい》な生活の端くれのようだが、矢張そうすると一年がはっきりし、一月から十二月の終まで、いろんなことが繋《つな》がって生活そのものに非常に思出がつく。半分は迷信みたいなものがあって、晦日《みそか》には神主がやって来て荒神《こうじん》様を拝んで家中|御祓《おはらい》をして帰るとか、そんなことでもいろいろ家庭の情趣として私の心に残っているのは
前へ 次へ
全76ページ中12ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
高村 光太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング