中井正一

−−
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)障《さ》えぎり

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)集団的|性格《カラクテール》に

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)被担性[#「被担性」に傍点]
−−

 群青のところどころ剥げて、木目の寂びてあらわなる上に、僅かに仏像が残っている。みずからの渉跡を没することでみずから無の示す空寂の美わしさを現わす仏像を載せて、壁はみずからを時の錆にまかす。
 なぜそこに壁があったのか。なぜそれに仏像が描かれねばならなかったのか。
 壁があったのは、それは人が住むためにであろう。仏像が描かれたのは、その壁を通して、人がそれをそこに見たかったからであろう。かつて人間が巌で囲まれていた時は彼らは何ものかをその巌壁に刻み込んだ。彼らは壁の中にも常に何ものかを見透したかったのである。
 壁は人の歴史の上でいろいろの意味をもってきたことであろう。ある時は風雨を浴びる劈壁として、ある時は寺院の冷たい壁として、宮殿のそれとして、城壁として、邸宅のそれとしてその平面の意味を常に変えている。
 し
次へ
全7ページ中1ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中井 正一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング