しました。そこで先生のこれまでの履歴と抱負を話して下さい」と、お互いにあぐらを組んでの強談判といった工合である。それは選挙資格審査請求書提出期限の二日前のギリギリの日であり、現知事が今のところ一人舞台として無競争選挙かといわれているときのことであった。
「突然無茶な事を言ったもんだなあ」と私がいい出すと、みんなが「わーッ」と笑ってしまった。
私は言葉をつくして、自分は、文化運動ではいささか期するところがあるが、政治運動からは引かしていてくれと訴えた。しかし、彼等は頑としてきかない。一人の青年はしんみりと「先生、私達は永いこと苦しんで来ました。今度あ、先生、一つ犠牲になって下さい」と言った。この「犠牲」という言葉が妙に私の胸につき刺さった。
これまで、人々は政治は一つの栄誉と考えたがっていたのに、この青年は政治を犠牲と呼んでいるのである。新しい民主選挙が、青年の労働者に、具体的事実として教え込んでいるその正しさに、私はギョッとする程、打たれたのである。
しかし、私は断わりつづける理由と論理をもったが故に断わった。しかし、彼等は戦術を心得ていた。「では立候補の了承を得なくてもよいから
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