ントがその成立を立証せんとしたものである。
個人の自己分裂[#「個人の自己分裂」に傍点]は、すでに自我の概念の成立[#「成立」に傍点]とともに始まっている。フィヒテがその槓杆となったところのものである。個人の成立はその誕生の日にすでに否定の槌の下においてなされている。それはイロニーであり、それは動座標的な一つの動きのほかの何ものでもない。
かかる滑べれる地盤の上に成立する思想的建築物は、一歩その目標をあやまれば裂傷を受ける。今のいずれの思想がその傷めるものを嗣がないといえよう。
存在論的考察の内面には、その鋭き視点の貫きにもかかわらず、いいしれぬ戦後的思想がその背後を覆うている。塹壕の臭いがする。
瞬間への信仰的な愛着。執拗な個人性への付着。はかない偶然性への戯れの驚き。かかるものがすることのなくなった個人主義文化の美しい幻である。
かかる瞬間性[#「瞬間性」に傍点]と個人性[#「個人性」に傍点]と偶然性[#「偶然性」に傍点]は、その最もよき組みあわせを恋愛の姿においてもっている。愛のたわむれ、心中のもつ気紛れ、そこにブルジョワジーの美しい夢と華がある。リズムもそのコンビネー
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