気分」に傍点]は気合[#「気合」に傍点]ともいわるべき構造をすらもつ。そこでは歩み[#「歩み」に傍点]とは実に白露地への躍進と乗り越え 〔U:berstieg〕 を意味する。スポーツの愉悦の大部分はかかる本質現象の技術的領域における邂逅において理解できる。スポーツでストロークと称するものはあきらかにかかるリズムの深い構造に邂逅する。テニスでは一打であり、ボートでは一漕ぎである。しかもそれがすべて一刻一刻の全生命を意味するのである。一つ一つの跳躍を意味する。それは単に拍子をもってしては解きがたきものが内在する。一ストローク一ストロークの内に真に「内」を見いだしうる無限境がある。そこにこそ深いリズムの内的構造があると考えられる。
 かくて、ここではリズムの原始構造である呼吸、歩行、脈搏などのものが単なる拍子としての時計的時間構造をのがれて、むしろ量的なるものの質化への方向をたどって、新しき解釈の領域にその形態をととのえる。和歌、俳句のリズムはかかる意味において捉えらるべきである。そのもつ呼吸はすでに肺を越えている。

 4

 こうした存在論的解釈とさきの数学的解釈の二つのものの根底には、
前へ 次へ
全19ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中井 正一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング