る。数的リズムはここにいたっては、一つの理解の階段にしかすぎない。それをあえて乱すのではない。ただその内面なる無限の距離に面するのである。ここではすでにリズムの原始形態であり、単に時間的に解釈されたる呼吸、歩み、血はすっかり異なった意味を盛ってくる。いわゆるイキが合う[#「イキが合う」に傍点]、あるいは呼吸の会得[#「呼吸の会得」に傍点]の場合、音楽はすでに拍子だけでは解釈がつかなくなってくる。拍子の内奥によき耳[#「よき耳」に傍点]だけが味到せんとする呼吸[#「呼吸」に傍点]が内在する。それは腹八分目に吸いたる息を静かに吐くにあたって、その一瞬の極促において経験する阿※[#「口+云」、第3水準1−14−87]あるいは世阿弥のいわゆる律呂の意識でもあろう。しかし、その意味の根底にはすでに生理的呼吸を遠く超えて、生そのものを通路として、存在の本質にただちに横超する気分[#「気分」に傍点]としての本質理解が内在するといわなければならない。存在の理解の Wie を存在現象の Was の中に自己表現的に邂逅すること、そこに仮象存在 Paraexistenz の深い意味がある。そこでは気分[#「
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