一つには金融界の逼迫が、地方小売店をして、返本を急がしむることが原因であり、一つには、配給機構の転換期の大混乱が、一つのパニック現象を一時起したその傷口がまだ癒っていないことに原因している。
このことは、良心ある書店の企画精神を委縮せしめ、また著者をも、絶望的不勉強に導く可能性が充分にあるのである。
かつて、学生時代、美しい良書にめぐり逢ったとき、秋夜、燈火の下、幸わいのこころもちは、かかるものかと、しみじみ味ったあの読書精神がもし万一、日本民族の青年、少年のこころから去っていったとしたならば、それはまことに容易ならざることである。
『群書類従』が、紙の値段と一つに売られて、硫酸で焼かれていると聞いたとき、まことに、私達の責任においての、焚書時代の出現であると、慄然たる思いであった。民族の読書力は「死の十字架」に面したのである。
責任は私達にある。民族の読書力を復興せしめることが、今正に、私達の任務である。
ここに私は、一つの実験を試みつつあるのである。協会の責任において、一般教養書を選定し、また各専門分野を組織することによって、専門書を選定し、それを配給機構を通して、その棚を
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