な現象を伴う。
 この角の方陣の中にもぐり込むまでは奮迅の勢をもって突進するけれど、その中にもぐっての後は、ホッとして静かに喘ぐ様なこととなる。
 誰かが防いでくれるだろうところの角の方陣の中に誰もが肩で息をすることとなる。
 あらゆる――「壇」の沈滞の一因は即ちそれである。
 しかし、この何となく落着きのない、しかも最早決して迷わない羊達は何の前にその方陣を組んだであろうかを考える時、私達は寂《ひそ》かにほほ笑ませられるのである。
 彼等の不安の底に浮出づるいわゆる「批評」なるものが、実はやはり一つの不安なる群れ評壇[#「群れ評壇」に傍点]を構成していることに想到する時、むしろ世の中は朗かである。羊に対して獅子もやはり方陣を組んで呻っているのである。
 羊と獅子が広い高い平原の空間に対して、ただひたすらに怖れて所々に群れる景色は、明るい、実に明るい。
 しかし、問題は彼等のこの不安と怖れがその防衛にあたって、正当なる角度よりせられているかどうかということにある。一見それは芸術的価値及び良心と批評的価値及び良心の上に立っての論争の交換、誤謬の剔出として現われてはいる。お互いに一分のスキ
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