ヘされはしないであろう。例えば彼が二十五樽の葡萄酒を輸入しようとまたは五十樽を輸入しようと、もしある時には二十五樽が、また他の時には五十樽が、等しく一、二〇〇|磅《ポンド》で売れるとしても、彼れの利益は何らの影響も蒙り得ないであろう。そのいずれの場合においても、同一の価値が英国に輸入されるであろう。もし五十樽が一、二〇〇|磅《ポンド》以上に売れるならば、この商人個人の利潤は一般利潤率を超過するであろう、そして資本は当然にこの有利な事業に流入し、ついに葡萄酒の価格の下落が万事を以前の水準にまで齎すことであろう。
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(編者註)この区別を十分に理解するためには、第二十章を参照せよ。
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実に、外国貿易において特定商人が時に上げる大なる利潤は、その国における一般利潤率を高め、そして新しいかつ有利な外国貿易に携わるために資本を他の職業から引去ることは、一般に価格を高めかつそれによって利潤を増加するであろう、と主張され来っている。有力な権威者によって、より[#「より」に傍点]少い資本が、穀物の栽培に、毛織布、帽子、靴、等の製造に、必然的に向けられているならば、需要が引続き同一である間は、これらの貨物の価格は、農業者、帽子製造業者、織布業者、及び靴製造業者が外国商人と同様に利潤の増加を受けるに至るように、増加されるであろう、と云われている(註)。
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(註)アダム・スミス、第一篇、第九章を見よ(訳者註――キャナン版第一巻九五頁)。
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この議論を主張している者は、種々なる職業の利潤は相互に一致せんとする傾向があり、相共に増減する傾向がある、ということでは、私の云う所に一致する。吾々の相違点は次の一点に存する、すなわち彼らは、利潤の平等は利潤の一般的騰貴によって齎されるであろうと主張し、そして私は、有利な事業の利潤は急速に一般的水準に下降するであろうという意見なのである。
けだし第一に、私は、穀物の栽培に、毛織布、帽子、靴等の製造に、それらの貨物に対する需要が減少しない限り――そしてもし減少するならばその価格は騰貴しないであろう、――より[#「より」に傍点]少い資本が必然的に向けられるに至るべきことを、否定するからである。外国貨物の購買において、英国の土地及び労働の生産物
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