は政権争奪の外、何等の目的を有せずと認めらるゝがゆゑに、政治上の関係なき社会の各階級は、動もすれば彼れと相触著せむことを避くるのみならず、彼れ自身も亦自然に之れと相隔離せざるを得ざるに至る。板垣伯の如き即ち其一人なり。自由党の全盛時代に於ては、板垣伯といへば恰も日本人民の崇拝せる自由の化身の如く見えたれども、其の一旦党籍を去りて在野の一個人となるや、伯の存在は忽ち国民の記憶より去りたるに非ずや。之れに反して大隈伯は、明治十四年改進党を組織してより、二十余年間一日の如く政党と旅進旅退したるに拘らず、其の社会的境遇は、曾て之れが為めに検束せられずして、其の住居せる早稲田の邸宅は、殆ど東京社交の中心たり。伯の門戸は常に開放せられたり。伯と社会各階級との交渉は間断なく継続せられたり。伯は政党の首領たる故を以て毫も其の社会的境遇の寂寞を感ぜざるなり。
伯が他の政党政治家と其の生涯を異にする所以は、蓋し一は其の理想の同じからざるに由れり。凡そ党派政治家は、大抵政治を狭義に解釈せり。彼等は政治を以て一種の専門技術と為し、政治団体を以て特別なる社会の一階級と為し、其の極端なる個人主義を抱けるものに在
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