人なりき。不幸にして、一朝病の為めに過去の人となり、国家は之れによりて柱石たるべき偉材を失ひ、貴族は之れによりて好個の首領を失ひ、国民は之れによりて又た一代の儀表たるべき人物を失ひたり。余は公の知を辱うする茲に十有余年、其の間屡ば公に謁して、公の指導を受けたるもの頗る多く、今にして之れを追懐すれば、音容尚ほ厳として目に在るが如きを覚ゆ。嗟乎公薨ずるの日、享年僅に四十有二、識量漸く長じ、威望次第に高きを加へむとするの時に方り、空しく雄志を齎らして永久の眠に就く。人生の恨事寧ろ是れに過ぐるものあらむや。
余が始めて公と相識りしは、明治二十七年二月中旬なりき。当時余は毎日新聞の一記者たりしを以て、主筆島田三郎君は、特に翰を裁して余を公に紹介し呉れたりき。余の公を訪問したる際は、公は貴族院に於ける硬派の領袖として、第二次伊藤内閣に対する隠然たる一敵国たりき。蓋し公は伊藤内閣が第五期議会を解散したるを以て、非立憲的動作と為し、貴族院議員三十七名と連署して、忠告書を伊藤首相に与へ、首相の復書に接するや、更に復書弁妄と題する一文を草し、機関雑誌『精神』の号外として之れを発表したりき。其の論旨侃諤、
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