軒げ手を揺がして語気を助けたりき。最後に彼れは最も興味ある佳語を以て、記者の傾聴を促がしたり。
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余を顧問としたる婦人同情会は女囚携帯乳児保育会なるものを組織したり。是れ其の名の如く女囚の携帯乳児を引取りて、之れを保育するを目的とする慈善事業なり。凡そ襁褓の乳児にして、其の母の有罪なる為めに、均しく獄中に伴はれて陰欝なる囚房の間に養育せらる、天下豈此に過ぐるの惨事あらむや、彼れ携帯乳児の、斯く獄舎の生活に慣るゝや、反つて普通児童の活溌なる遊戯を喜ばずして、再び獄舎に入らむことを望むものあるに至る。
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彼れは談じて此に至り、殆ど感慨に堪へざるものゝ如く、其の瞼辺は少しく湿るみ、其声は少しく顫ひぬ。
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一女囚の携帯せる乳児は、母乳の不足なるが為に、麦飯の※[#「睹のつくり/火」、第3水準1−87−52]液《オモユ》を飲用せしめたるに、激烈なる下痢を起して死に瀕したり。婦人同情会は之れを引取りて治療を加ふるや、此の半死半生の乳児は、忽ちにして健康体に復したりき。母の刑期満つるを聞きて、其の監獄に携へ往きて母子を会見せしめたる
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