伊藤崇拝の隷属を作る※[#白ゴマ、1−3−29]夫れ功業を尚ぶものは唯だ自家の経綸抱負を布かんことを望む※[#白ゴマ、1−3−29]故に大隈伯は必ずしも英雄を畏れず、必ずしも歴史上の人物に感服せず※[#白ゴマ、1−3−29]其の古今を呑吐し、天下を小とするの概あるは蓋し之れが為めなり。
個人としての伊藤侯と大隈伯とは夫れ斯の如し※[#白ゴマ、1−3−29]約して之れをいへば、伊藤侯は太平時代の英雄にして、大隈伯は乱世時代の巨人なり※[#白ゴマ、1−3−29]大隈伯の隆準豺目にして唇端の緊合せる、自然に難を排し紛を釈くの胆智あるを示し、伊藤侯の象眼豊面にして垂髯の鬆疎たる、自然に無事を喜び恬※[#「(冫+臣+犯のつくり)/れんが」、第3水準1−87−58]を好むの風度あるを見る※[#白ゴマ、1−3−29]又以て此の二大政治家の個性を諒す可し。(廿九年七月)
伊藤侯の現在未来
藩閥控制
嚮に伊藤侯が、自ら骸骨を乞ふて大隈板垣両伯を奏薦し、以て内閣開放の英断を行ふや、藩閥家は侯を目して不忠不義の臣と為し、極力其挙動を詬罵するに反して、侯の政敵は寧ろ侯の英断を賞揚し、或は侯を以て英国の名相ロペルトピールに比するものあり※[#白ゴマ、1−3−29]或は侯の内閣開放は、恰も徳川慶喜の政権奉還に似たる千古の快事なりといふものあり※[#白ゴマ、1−3−29]中には其挙動の意表なるに驚きて、反つて侯の心事を疑ふもの亦之れなきに非ず※[#白ゴマ、1−3−29]既にして侯は遽かに遊清の挙あり、詩人及び記室を携へ、軽装飄然として西行するや、世間復た侯の未来をいふもの紛々として起る※[#白ゴマ、1−3−29]或は曰く、是れ侯が永訣を政界に告げて老後の風月を楽むなりと※[#白ゴマ、1−3−29]或は曰く、是れ巻土重来の隠謀を蓄へ、暫らく韜晦して風雲を待つなりと※[#白ゴマ、1−3−29]或は曰く、是れ大隈板垣の両伯をして苦がき経験を甞めしむる為なりと※[#白ゴマ、1−3−29]されど余を以て侯を視るに、侯の退隠は、旧勢力と分離して、将に来らむとする新勢力と統合せむが為めのみ※[#白ゴマ、1−3−29]侯は善く此の過渡の時局を処したるのみ※[#白ゴマ、1−3−29]豈他あらむや。
旧勢力とは何ぞや、藩閥是れなり※[#白ゴマ、1−3−29]新勢力とは何ぞや、政党是れなり※[#白ゴマ、1−3−29]初め憲政党の成立するや、侯は三策を建てゝ藩閥の元老に謀る※[#白ゴマ、1−3−29]上策に曰く内閣を維持すると共に、別に政府党を作りて憲政党に当らむ※[#白ゴマ、1−3−29]中策に曰く若し上策を非なりとせば、侯は自ら野に下りて政府党を作り、以て内閣を援けむと※[#白ゴマ、1−3−29]下策に曰く、二策共に非なりとせば、断然内閣を挙げて大隈板垣の両伯に与へむと※[#白ゴマ、1−3−29]而して上中二策は終に行はれずして事※[#白ゴマ、1−3−29]下策に決す※[#白ゴマ、1−3−29]是れ寧ろ侯の予期する所にして、又侯の目的なり※[#白ゴマ、1−3−29]蓋し政党は一夜作りの産物に非るは、侯の明固より之れを知るのみならず、侯は元来政党の歴史を有する政治家に非るに於て、自ら新政党を作りて大隈板垣の為す所を学ぶは、恐らくは侯の本意に非ず※[#白ゴマ、1−3−29]侯は勢力を自製するの人に非ずして、之れを発見し、之れを利用するの智略ある人なればなり※[#白ゴマ、1−3−29]故に侯が内閣開放を断行したるは、是れ実に今日を以て旧勢力と分離するの好機会なりと信じたるに由れり※[#白ゴマ、1−3−29]政党組織の策行はれざりしが為めには非らじ。
夫れ藩閥は三十年間我政界の主動力たり※[#白ゴマ、1−3−29]殆ど専制的性質を有せる一大勢力たり※[#白ゴマ、1−3−29]此勢力を利用するものは順境に立ち、之れに反対するものは、皆逆境に陥る※[#白ゴマ、1−3−29]是れ侯が従来藩閥と結合して、久しく国民と争ひたる所以なり※[#白ゴマ、1−3−29]されど侯は決して藩閥の代表者に非ず※[#白ゴマ、1−3−29]侯の藩閥を好まざるは、猶ほ大隈板垣両伯の藩閥を好まざるが如し※[#白ゴマ、1−3−29]唯だ両伯は藩閥を好まざると共に、余りに政党を好み、侯は政党にも亦甚だ冷淡なるを異とするのみ※[#白ゴマ、1−3−29]顧ふに、侯が三十年間に於ける政治的伝記は、侯が如何なる塲合にも善く自家の拠る可き勢力を発見して、善く之れを利用したるの事実を説明すと雖も、此れと共に其思想の藩閥と相容れずして、動もすれば之れが為めに苦められたるの事実も、亦其伝記中に認識するを得可し※[#白ゴマ、1−3−29]故に侯は外に対して藩閥を利用しつゝある間に、内に在ては絶えず其勢力
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