が彼れを入閣せしめたるを以て内閣組織上の一大成功と為す。
第四次伊藤内閣は、斯の如くにして組織せられたり。其従来の内閣に比すれば、形式に於ても実質に於ても共に進歩したるものたるは疑ふ可からず。一人の元老を加へずして、悉く後俊を以て組織したるは実質上の進歩なり。陸海軍大臣を除くの外、全然藩閥の分子を一掃したるは形式上の進歩なり。其の閣員の多数政友会より出でたるを以て之れを政党内閣といふ可なり、其の老骨を排して後俊を網羅したるを以て之れを人才内閣といふ亦可なり。余は此点に於て新内閣の成立を祝するに躊躇せず。若し夫れ実際の施設は、今後の進行如何に由て更に評論せむと欲す。(三十三年十一月)
伊藤侯の現位地
英国の名宰相ロバート、ピールが曾て保護政策を棄てゝ穀物輸入税廃止論に同意するや、保守党は彼れを罵つて、変節の政治家なりといひ、一般の批評家は亦彼れの行動を称して矛盾といひたりき。然れども彼れは此の変節に由りて、反つて国家国民の福利を増進したれば、則ちたとひ党首としては一時の物議を免がれざりしも、政治家としては確かに偉大の成功を奏したりといふべし。仏国のギゾー(有名なる文明史の著者)彼れを論じて曰く、ロバート、ピールは、単純なる理論家にあらず、又た原理原則に拘泥する哲学者にもあらず、彼れは事実を較量するの実際家にして、其の終局の目的は成功に在り。然れども彼れは主義の奴隷たらざると共に、必らずしも主義を軽蔑するものにあらず、彼れは政治的哲学を全能なりとも、若くは無益なりとも信ぜざるがゆゑに、敢て之れを崇拝することなしと雖も、而も之れを尊重せりと。是れ実にピールの人物を正解したる言なり。
顧みて我伊藤侯の出処進退に視る、侯は多くの点に於て亦頗るピールに似たるものあり。侯は党首としては固より欠点なきの人物にあらずと雖ども、政治家としては、朝野の元老中兎も角も大体に通ずるの士なり。今や侯は桂内閣と政友会とを妥協せしめたるの故を以て、世上の非難攻撃を一身に集中したり。独り反対党の盛んに侯を攻撃するのみならず、侯の統率の下に立てる政友会も、亦動揺に次ぐに動揺を以てして自ら安むぜざるものゝ如し。是れ侯を目して政党に不忠実なりと認めたるが為なり。唯だ此の見解に依りて、尾崎行雄氏は去れり、片岡健吉氏は去れり、林有造氏は去れり、其余の不平分子は去れり。彼等は以為らく、政友会総裁たるものは、唯だ政友会の利害を以て進退の凖とせざる可からず、唯だ政友会の主義綱領を保持する限りに於て会員指導の任に当らざる可からず、然るに侯の為す所は、党首たるの責任よりも、寧ろ元老たるの位地に重きを置きて、政府と妥協を私約し、以て専制的に之れを政友会に強ゆるの挙に出でたり、是れ到底忍び得べき所にあらずと。然り、侯は既に自ら公言して、乃公は一身を挙げて政友会に殉ずる能はずといへり、是れ尋常党首の言ふ能はざる所にして、適々以て侯の侯たる所以の本領を見るなり。
然れども侯は決して他の藩閥者流の如き政党嫌ひの政治家にあらず、政党嫌ひの政治家にして焉んぞ自ら政友会を組織することあらむや。唯だ侯は党首たるには余りに執着心に乏しくして党派の主義綱領を軽視するの傾向あるのみ。凡そ主義綱領といふが如きは、党派あつて始めて現はれたるに過ぎずして、悪るくいへば、源氏の白旗、平家の赤旗といふに異る所なし。赤旗白旗は源平戦争の標幟には必要なりしも、鎌倉幕府の政治家には、何の必要なかりき。固より立憲国の党派は公党にして私党にあるざるがゆゑに、其の主義綱領は、即ち国家に対する公念の発動にして、党派の私意にあらざる可し。然れども同一主義の政友会憲政本党が、故らに対塁相当りて相争ふは何ぞや、知らず所謂る主義綱領なる者は、党派に於て何の用を為しつゝある乎。余は現時の党派が使用しつゝある主義綱領が、殆ど赤旗白旗と何の選む所なきを惜まざるを得ず。故に若し党派の利害と国家の利害と両立せざる場合に於いては、真の政治家は往々党派の主義綱領を軽視することあり、ピールの穀法廃止論を採用して変節の名を甘むじたる如き、正さしく其の一例たり。或は政党は公党なるがゆゑに、其の利害は国家の利害と衝突せずといはむか、是れ亦党人の自観なるのみ。人は言ふ、伊藤侯は党首の器にあらずと、余も亦爾かく信ぜり、何となれば彼は此の自観を固執する能はざるの位地に在ればなり。然れども是豈侯の政治家たるに害あらむや。
抑も侯の政友会を組織したるは、実に模範政党を作らむが為なり。模範政党とは、党派的私情を去り国家的公見に就くの政党なるべし。侯は此の目的に依りて政友会を指導せむとしたるを以て、其の党首としての行動は、反つて党人の意に満たざるもの多きが如し。有体に評すれば、彼等は、侯が国家元老の一人として政友会に総裁たるを以て、唯だ此の一点の
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